オンライン報告書 - 訪日企画を終えて

【日本人メンバー】
訪日を通して
東京外国語大学1年 奥原光貴

訪日企画が終わった今、この2週間を振り返ってみて口を衝いて出るのは、「本当に充実していた。」という言葉ばかりである。ロシア人メンバーと過ごした2週間を通して学んだことが大きいからだ。それはつまり、まず、相手と自分自身を知るということ。相手の国の社会・文化を知るだけでなく、自分自身がいる社会や文化を知ることが国際交流においていかに重要であるかということである。実際、ロシア人メンバーと話していると、自国のことだけでなく、日本のことを本当に良く知っているし、また知ろうという姿勢がうかがえた。例えば、ステイ中のロシア人に自宅でロシアの社会問題についてある質問をしたときに、彼はそれに対して具体的な数値や経験を交えて的確に答えてしまったし、それに限らず、彼らの多くは日本の社会や文化について思いのほか良く知っているし、また彼らの投げかけてくる質問も鋭く、私には答えられないものも多かった。こう振り返ってみると、私自身もっと日本について知っておかなければならないと思ったし、彼らを見習って相手国であるロシアについても良く知っておかなければならないと痛感した。これが国際交流をするにあたっての最低限の礼儀であると考えられる。また、相手と自分をつなぐものについても良く知っておかなければないとも感じた。それはつまり言語である。私は、ステイを受け入れたロシア人とは、ほとんど英語でのコミュニケーションが必要であったが、自分の英語力不足で頻繁に相手に迷惑をかけた。自分がもっと英語ができればよかったと思う一方で、やはり母語でないと出てこない「自分らしさ」というものがあるような気がした。実際私自身の経験として、相手と日本語で話していると、自分らしく様々な話ができて楽しいし、相手に自分らしさを見せることができたと思う。そして自然な成り行きとして、同時にロシア語を使って相手の「自分らしさ」も見てみたいと強く思った。単純ではあるが、ロシア語を専攻する私にとって、この感情が少なくともこれから1年のロシア語学習の動機として私を動かし続けるだろうと感じる。2週間朝から晩まで一緒に行動し、ロシアの文化や考え方を実際に感じる機会を得られたことに感謝します。

訪日を終えて           
上智大学1年 尾越梨英

 今年の4月からロシア語を勉強し始め、授業でロシアの政治や文化を少し学び、ロシア人ってどんな感じの人たちなのか、とりあえず実際に会って知りたくなった。当時、日ロには入っていなかったが、何か少しでも今の自分にプラスになれば、という軽い気持ちでスティを受け入れた。そして、この2週間の訪日企画を通して、ロシアのほんの一部を知ることが出来たような気がした。
 前半に受け入れたカーチャから聞いた話だが、ロシアは広いため地方や階層によって言い方にかなりの差があり、労働者階層の町では言い方がかなりきついらしい。実際、偶然テレビで流れていたロシア人のインタビューを聞いて、彼女は恥ずかしいと言っていたほどだ。階層だけでなく、広い大地と民族性や歴史も絡み合っているためロシア人を一言で表現するのは出来ないと感じ、実際のロシアをもっと知りたくなった。
しかし、残念ながら、日本ではロシア人に対するマイナスイメージが先行している。北方領土やグルジア紛争、アメリカでのスパイ事件の新聞記事でも読者をミスリードするようなものが目立った。今の私には大したこともできないが、個人レベルで交流の積み重ねが、大事なことではないか。そして、今回のようなロシア人との交流の継続が未来の日本とロシアの関係を明るいものにしてくだろう。今後もこのようなロシア人との交流企画に積極的に参加したい。
 また、ロシア人といろいろな場所を観光して、日本人としての自分の日本に対する知識の少なさを改めて感じさせられた。グローバル社会の渦に巻き込まれ、つい目先が外に向きがちになっていたが、よく考えてみると、日本の文化の知識を十分に身につけた上ではじめて、外のことを理解することが出来ると思う。さもないと、せっかく外の文化を学んでも、比較対象の基礎となる自国文化の認識が甘いため、それを生かすことができずに終わってしまう。外を知ることも大切だが、その前に内についてもっと学ぼうと感じた夏だった。

訪日を振り返って
東京外国語大学1年 榊原 淳平
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訪日企画が始まったとき、私はロシア語を学び始めてまだ4カ月にも満たず、空港にロシア人の皆さんを迎えに行ったときも、正直にいうと不安でいっぱいでした。何を話したらいいのか分からず、帰りの電車の中で困っていたことを覚えています。しかし、彼らと日々を過ごしているうちに、すぐに不安は消え訪日がどんどん楽しいものになっていきました。
前半の一週間、一緒に生活したロマンさんはまだ日本語学習歴が一年ほどで、当然私のロシア語は使い物になるはずもなく、主に英語でコミュニケーションをとりましたが、自分の言いたいことをうまく表現できず、悔しい思いをしました。伝わっていないことだけはわかるのに、どう説明すればいいかわからないことがもどかしく、さらには申し訳なく思いました。他のロシア人との会話でも、彼らの日本語力に甘える形となり、さらなる言語学習の必要性を強く感じました。
また当初は、日本に滞在する二週間をめいっぱい楽しんでもらおうと考え、「お客様」を迎える気持ちでロシア人と接していましたが、時間が経つにつれて、自分に疲れやストレスが溜まってきているのがわかりました。それに今思えば、ロマンさんもそんな私の心情を察していたのか、彼に遠慮させてしまっていたような気がします。そういう意味で、仲良くなるための努力はもっと別のところですべきだったのかな、と感じました。
今振り返れば反省ばかりが見えてきてしまいますが、異国の人と同じ部屋で生活し、毎日いろんな場所へ行き、様々なことを話し合う、という貴重な経験は、私にとってとても刺激のある、密度の濃いものとなりました。訪日企画が終わってからの休暇はどこかにぽっかり穴が開いたようで、帰省中も何かが足りない、と感じるほどでした。大学生活一年目にして、このような経験をさせて頂いたことで、ロマンさんをはじめとする日ロメンバーとロシア語で会話できるようになる、という今後の大きな目標ができました(約束までしてしまいました)。来年どうなるかはわかりませんが、彼らに胸を張って会えるように頑張りたいと思います。訪日企画に参加させていただき、ありがとうございました。

学んだ2つのこと  
上智大学1年 佐藤まり恵

ロシア語学科に進んだからには何かロシアにかかわる活動をしたい。
以前からロシアに興味のあった私にとって、この夏の訪日は私の人生のなかでも特に忘れられない貴重な経験になりました。不幸なことに、家の都合でロシア人を受け入れることはできませんでしたが、その分プログラムのなかでできるだけロシア人とかかわろうと思い、積極的にはなしかけるようにしました。二週間という非常に短い時間でしたが、彼らから学んだことがあまりに多すぎます。ここには書ききれませんが、その中でも二つ印象に残ったことを挙げたいと思います。
一つ目は彼らの日本語がとても流暢だったことです。自分はロシア語を初めて4カ月です。すでに少し挫折しかけていたので、これからロシア語を学習していくに当たってのモチベーションになりました。漢字、カタカナ、ひらがなを使い分け、敬語まで駆使する彼らと、здравствуйтеくらいしか満足にいえない自分。来年は、ロシア人とロシア語で喋りたいと強く感じました。ロシア語を学習する人は日本では非常に少ないです。自分がロシアとの架け橋の一員となれるよう、ロシア語の学習に励みたいとおもいます。
第二に感じたのが文化、考え方、気性の違いです。ロシア人のストレートなもの言いに、正直初めは戸惑いました。日本人はそもそも自分の気持ちを覆い隠すものです。もしかして、彼らは怒っているのか、もしかして 自分が怒らせてしまったのではないかとあたふたすることもありましたが、時間がたつにつれて、これが彼らなんだな、と思うようになり、気にならなくなりました。
いままで、わたしは 国籍の違う友人、知り合いが全くいなかったので、20年生きてきて初めての国際交流でした。今思うと訪日中の一瞬一瞬すべてが新鮮で輝いていたように感じます。来年は訪ロです。もし機会が与えられたなら、人生第二回目の国際交流になります。今回よりも充実させたものにしたいです。


新たな発見
東京外国語大学1年 庄子倭加

まるで夢を見ているかのような2週間。現実なのに現実ではないような時間。私にとって訪日企画で過ごした約2週間はそのようなものだった。朝から晩までロシア人とずっと一緒にいることは日常生活では考えられないことであり、新鮮で楽しく、そして少し不思議な感じがした。ロシア人と共にいることでいつもの見慣れた光景がまた違って見えた。ロシア人からさまざまなことについて、「これは何か。」、「どういう意味か。」と尋ねられた。おかげで日本にあまりなじみのない人が疑問に感じることを知ることができてよかった。それだけではなく、当たり前に感じていたことを私自身が見直し再発見するきっかけにもなった。普段何気なく過ごし気づかずにいたことに気づくことができた。
ホームステイを受け入れたことで文化や生活習慣において日本とロシアで共通する面、異なる面を実際に肌で感じることができた。これは貴重な体験であった。私は外国人と関わる際、言語や文化といった異なる面にばかり目を向けがちだった。また、私は外国に行ったことがなく、普段も日本人以外の人との接点があまりないため、言語や文化が異なるとなんだか別の世界の人であるかのような気もしてしまっていた。訪日期間中、言葉の壁や習慣の違いを実感したため違いを認識することも大事だと思った。だがそれよりも重要だと感じたことがあった。それは、相手が何を考えているのか、どのような人なのかといった内面に目を向け、言葉や文化の違いを超えてその人自身を知ることの大切さだった。ホームステイを受け入れている間、私たちは互いの国のこと、学校生活、趣味等さまざまな話をした。その中で、言語や人種は違えども喜んだり悩んだりといった面は共通しており人間として普遍的だと痛感したのである。もちろんこれは当たり前のことであり、私自身も頭では理解しているつもりだった。だがこれまでそれを実感する機会がなかったため、この訪日企画によって違いがあっても人としての本質は同じだとはっと気付かされた感じだった。
日本ロシア学生交流会というサークルに入会し訪日企画に携わることができた私は幸せ者だと思う。この企画で日本人メンバー、ロシア人メンバーと過ごした時間は実に充実していた。これからロシアに限らずさまざまな国の人と接する機会が増えていくだろう。その第一歩となる今回の訪日企画で人の本質の普遍性を学んだことは、今後の人との関わり方に生かすことができる点で有意義なものだった。

訪日感想
上智大学外1年 瀧澤慶治

 元々、経済的に発展が見込められるのではないか、という理由でロシア語学科に入学したが、入学以前にはロシアという国についての知識は皆無に等しかった。そして今春から政治、文化、言語と学んできたが、平素のロシア人の姿は解釈できないままであった。
 今回の訪日では、ロシア人と直接交流したことで、学校では学び得ない、またメディアによって歪曲されることのない、ありのままの彼らを知ることができた。そして、彼らとの比較によって自らの改善点を再認識することとなった。
 まず驚かされたのは、彼らの快活で寛仁な気質。私が勝手に抱いていた根も葉もない、ロシア人は陰鬱で冷酷である、といった心象を見事に打ち崩した。連日の観光では今年の猛暑も相まって日本人が音を上げるなか、彼らは全く元気で観光の後に、さらに買い物へ出向くほどであった。私の家でステイを受け入れたエリーナは、当方が恐縮してしまうほどの大量のお土産をロシアから持参してきてくれたり、自分が購入した飲食物を必ず毎回他人に勧めたりするなど常に他人を気遣う(買い物中はマイペースであったが)優しい子であった。また、彼女は非常に表情豊かで周囲の人々を笑顔にする力を持っていた。つまり彼女は私のロシア人像と間逆であったわけである。
 また、私は観光時に文化財について質問を受けたが、日本語ですら満足に説明出来ず、
ディスカッションでは事前学習を行ったのにもかかわらず知識が乏しく、日本について全く知らないでいたことを認知した。一方ロシア人はディスカッションで自国の制度を事細かく、英語と日本語で説明してみせた。特にアーニャが日本語で言い尽くす様には正直、度肝を抜かれた。我々が第二言語として話す英語の能力より彼女が第三言語として話す日本語のそれの方が先を行っていた。彼らの教養に対しての姿勢を見習っていきたい。
 心残りなのは、ロシア人メンバー全員と会話ができなかったことである。もっと様々なことを吸収できたのではないか。
 私はロシア勉学の気力維持のためにこの会に所属したわけであるが、気力維持以上のものを彼らから享受した。来年の訪露の可能性を励みにして勉学に勤しみたい。

訪日企画を終えて
東京外国語大学1年 田中祐真

今回の訪日企画は、一生の思い出に残るような二週間を過ごすことができました。
最初ロシア人メンバーが来た時は彼らを楽しませ、そして自分も満足できるように本当に心配でした。価値観とかがすごく違うのではないかとか、習慣の違いでいろいろ迷惑かけてしまうのではないかとか、いろいろな不安がありました。でも実際にロシア人のメンバーと関わってみると、やはりだいたい同じ年頃ではそんなに変わらないのだなと感じ、少し安心しました。実際みんなすごくいい人たちで、いっしょに過ごしていてとても面白かったし、楽しくて毎日充実していました。
前半の最初の方は二人で生活するのにまだまだ慣れてなかったし、毎日観光地を回ったので肉体的にも精神的にも疲労感はすさまじいものでした。でもぼく自身もこの機会にいろんなところに行くことができたし、ロシア人たちともだんだんとなじんでいくことができ、日に日にどんどん楽しみが増していきました。また、ステイさせていたキリールと夜にいろいろ語り合ってみたことがあったのですが、彼は日本人の若者に比べると政治的な問題などにとても詳しく、非常に驚きました。日本人はあんまり政治的な議論などは好みませんが、やはりそのあたりの意識の違いが大きいのだと感じました。
後半はディスカッションなどの勉強が中心でしたが、ロシア人たちと直接意見を交わしてみるのはとても興味深いものでした。主張としてはおおむね同じようなものが多かったのですが、やはり国の状況や環境が異なれば考え方、というか物事の捉え方やつかみ方が異なるのだなということを強く感じました。そしてなにより一人ひとりがいろんな問題に対してはっきりとした自分の意見をもっていることに感心したし、ぼく達日本人が見習わなければならないことだと切実に思いました。
今回の訪日企画は、期間が二週間だったのが信じられないくらい密度の高い、充実した毎日でした。本当に本当に楽しかったし、ロシア語の勉強を本気で頑張ろうという気になりました。これだけ多くのロシア人たちと二週間毎日いっしょに過ごして、お互い新しい文化、習慣と触れ合うという、なかなかない経験ができたと思います。来年はぜひ訪ロに参加して、またいろいろと体験してみたいと思います。

訪日を終えて
東京大学1年 早川萌

今回の訪日企画では二人のロシアの方のホストファミリーとして、たくさんの貴重な体験をすることができました。
今回の訪日企画の中で最も心に残っていることは、ロシア人メンバー全員と日本人メンバーの一部で東大の宿舎に一泊したことです。普段は全体行動が終わると少人数での行動になってしまいますが、この日はロシア人メンバー全員とずっと一緒にいられて、楽しい話がたくさんできました。ロシアのトランプゲームや日本のトランプゲームを互いに教え合う人達、音楽をかけて一緒に踊る人達、翌日の文化紹介に向けて勉強をする人達...色々なことをしている人達がいて、違うことをしている人同士が互いに衝突することなく日ロとして一緒にいました。多様性と一体感が併存する不思議な空間がそこにはありました。その時間を共有できたことは、私にとってかけがえのない経験だったと思っています。
今回の訪日企画を通して痛感した事は、自らの語学力のなさと、対話する姿勢の大切さでした。訪日してきたロシア人メンバーは、母国語であるロシア語に加え、日本語・英語・ドイツ語等の数ヶ国語を操れました。一方で自分は日本語の他は、受験を過ぎて日々錆びてゆく英語と、始めたばかりのロシア語のみ。ディスカッションの時などに、中身も表現も欠くところのない意見が出るのを見て、自分の発信力のなさに歯痒い思いをしました。次に何らかの形で彼らと話をする時までに、英語とロシア語で思うことを伝えられるようにしたい、という今後の目標ができました。このことと一見矛盾しそうですが、対話する姿勢の大切さも実感しました。ロシア人メンバーも日本人メンバーも、日本語・ロシア語・英語のどれを使っても意思の疎通がとれない時がありました。そうした時に、最終的に私達に共通の理解をもたらしたのは、身振りや、メモ帳などを使っての図解や、相手に分かってもらおうとする努力、相手の言いたいことを分かろうとする努力でした。
今回ロシアの方達と過ごした日々を糧に、これから日本人であると同時に世界人となれるよう、精進したいと思いました。

アントンから尋ねられたこと
東京大学1年 松本博成

「松本は、このプログラムの前と後で、ロシア人の印象は変わった?」翌日の朝早くに成田空港に行かなければならないので、プログラムの最終日、私たちは眠ることなく夜を明かすことにした。そのとき、流暢な日本語を操るアントンは率直にそう聞いてきた。実際にロシア人と交流するのは今回のプログラムが初めてであったので、私のロシア人像はほとんど本を通じてのものだった。特に村上春樹が登場人物によく語らせるロシア人像に強く影響を受けていたと思う。19世紀的な、重厚で陰鬱なロシア人だ。今でもそのような人はいるにはいるだろう、しかし、私が出会ったのは、それとは全く異なるロシア人たちであった。ロシア人は実はとても陽気で社交的な人だと分かった、などと言うつもりはない。そもそもロシア人、という名称自体に意味があるのか疑わしい。ポストモダンの批判を借りるまでもなく、これほど経済的にも情報的にもグローバル化が進んだいま、ロシア人に明確なロシア性を見出すのは難しい。14人のロシア人の共通項をとり出したところで、大体は欧米人全般に当てはまるくらいのものであろう。それを踏まえたうえで、彼らについて述べるべきことがある。このプログラムに参加している以上当然と言えば当然なのだが、彼らは日本および日本人に対して大変好意的だ。日本のことを話せばたいてい楽しそうに聞いてくれるし、日本についてよく尋ねてくる。これは二つの意味で幸せなことであった。ひとつは、敢えて物質的な言い方をすると、彼らは触媒の働きを持っていた。普段からあまり多く話さない私が、彼らの前だと、日本について、また、率直な自分の考えについてとうとうと話すことができた、ということである。そしてもうひとつは、ロシア人は日本に興味を持つことがありうる、という事実を具体的に了得できたこと。ごく平凡な事実に見えるが、具体的に、というのが重要である。現に彼らに出会ったからこそ、私は自信を持って、ロシア人のなかに「日本に好感をもつ可能性」を見出せるようになったからである。メディアが現実を構成するこの現代においてこれほど幸せなことは他にあるまい。

日本人らしさとは
上智大学1年 武藤裕太

日本人の悪いところは、自己主張をあまりせず、周りとの調和を優先しすぎるところである、と私は常々考えていた。それに比べ外国人は自己主張を堂々とし、自分らしく生きている、と。しかし今回の訪日で、なぜ日本人は昔から周りとの調和を優先してきたのかがわかった気がする。
今回の訪日は、鎌倉、日光など大勢の人が集まる場所へ行くこととなっていた。それも日本ロシア学生交流会グループは、30人から40人という大所帯である。我々日本人は、幼いころから遠足などにおいて大人数で行動することは慣れていて、団体行動をしているときは、何をすることができ、何をしてはいけないかということを十分に理解している。「個」を抑えてでも、「集団」の利益を優先しなくてはならないときがあることを知っている。だが今回、ロシア人と行動していて驚かされたのが、ロシア人は、集団が行おうとしていることをほとんど気にせず、自己の目的を優先していたということである。ここ言っておくが、別にロシア人が自己中心的であって、大変であると言っているのではない。重要なのは、彼らには日本人の持つ「集団行動」の概念が存在しない、ということである。
この狭い国、日本の中で、いかに人々との摩擦を減らし、穏便にくらしていくか。これは昔からの課題であったのではなかろうか。そこで有効なのが「集団行動」なのである。「集団」の利益を優先し、一定の効果を上げる。いま考えてみれば、なかなか素晴らしいシステムであると思う。ロシア人に、日光、鎌倉、新宿などを案内した時も、彼らは思うままに店に入り、写真を撮るので、集団はバラバラになり、ほとんど予定通りに進まなかった。日本人ならもっとスムーズにいっただろう、いつのまにか教えられていた集団行動のルールに従って。
世界には様々な文化が存在し、それらはその地域の気候や人々の性格などによって形づくられている。であるから、一つの文化的視点に立って他の文化を批評することなどできない。しかし、自国の文化も一つの視点から捉えたのでは正しい形は見えてこない。他国の人と交流をし、別の視点を身につけること、このことこそ自国をよりよく理解することのできる近道であるということに改めて気付かされた。

私、にとっての日露
東京外国語大学1年 鷲尾幸代子

私が日露学生交流会というサークルに入ったきっかけはほんの些細なものでありました。友人に誘われたので、ロシア語科にいる事だし土曜は暇なのだから誘いにのってみるかといった具合でした。つまり、確かにロシア語科は第一志望でロシアは好きだったのだけれど、私は始めからこの日ロに思い入れがあったわけではないということだったのです。
 非常に怠慢な私は、普段の活動が行われている参宮橋へいくのが億劫になっておりました。夏の訪日自体はホームステイを前期・後半共に受け入れておりましたので全日参加をするとして、訪ロも(別件でロシアへ行く予定があった為に)大して重視していなかったのでその後はもう日ロという団体からなはれ、丁度その頃に打診していた管弦楽団に入ろうかなと思っていたのです。...そう、思っていたのですが、そういかなくなりました。訪日が、あまりにも楽しすぎた。
 楽しすぎたといっても当然ながら楽しい事ばかりでありませんでした。ホームステイを受け入れるのは初めての体験でありましたので、どうしていいのかが全くわからなかった...。どこまで相手の要望をきいたらいいのかわからず、結局無理をしてでもほぼ全ての要望を受けてしまった。「せっかく日本に来てくれたのだから。」というただその思いだけで、言葉を変えれば甘やかしてしまった気もしておりました。その為に疲れがたまり、少し不穏な雰囲気をアーニャ、ナスチャには与えてしまったかもしれません。それが今、心残りでならない。  
訪日が終わり、いわゆる打ち上げの場で「自分が本心を明かさないと、相手も本心を明かさない。」と説いてくださった先輩がいらっしゃいました。その言葉をきいて、確かにそれは当然の道理だと思えたと同時に、それができていなかった自分に気が付き少なからず落ち込みました。しかし、それならば来年に活かそうと強く思いました。後には、戻れないのですから。
 彼らがお土産にと持ってきてくれた品々とともに、非常に興味深かったのが長く行動を共にしている間に教えてくれた数々の文化の違いやロシアについてのお話でした。ロシアの習慣・迷信・食生活・挨拶・スラング... 学校で学びにくいものを得るという貴重な経験をいたしました。私達日本人メンバーも彼らロシア人メンバーも、非常に快い仲間たちでありました。それぞれが個性をもちつつ、しかし皆が日本とロシアを思っているという共通点がある。ただそれだけで何か心強い気がして、体力的に辛かった時期も自然とすぐに笑顔になれました。楽しかったのです。
 引き受けを終えて、無事に終えたという安心感と共に寂しさがこみ上げてきました。毎日東京または東京周辺のあちらこちらへと出かける、そんな非日常てきな日常に慣れてしまった私には、いつも通りの日常がつまらなく感じてしまった。そんな自分が嫌で、時間のゆるす限り今までの自分ならやらなかったような事に挑戦してみました。何かはお教えできませんが...
 美味しい・気持ちが良い・心地良い音楽・良い香り・美しい。そういった感情は五感で感じるものです。ですから、自ずと納得がいくのです。しかし楽しい・嬉しいといった感情は不思議なものだと思います。理由がよくわからないのです。今の私はまさしくそのような状況です。冷めていた感情が不思議と訪日を通して高揚し、数々の出会いや思い出、感動や苦悩、訪日の終盤にアーニャが言った「来年、幸代子さんはロシアにきてくださいますね?」や、ナスチャの「幸代子、来年ロシアでまっている^^」という言葉...そのすべてが今、心に響いて止まないのです。いつの間にか、私はこんなにも"日ロ"に楽しさを見出してしまった。
 今回の訪日を通して、ロシアへの思いが強まりました。不思議な国だと思っていた国は、近寄れば理解できる気がしてきた。そんな心境であります。そして、多くの方々に感謝をしたいのです。アーニャとナスチャは、私と共に行動していてどうだったのだろうか、よく「大丈夫?」と気を使われてしまったのが情けなく感じた事も多かった。だけれど、私は大丈夫だったのです。二人が楽しそうにしてくれればそれだけでうれしかった。でも、もうちょっと本音を言えばよかったね。それは無理、とか。勝手に消えないで、とか。お肉は全て切ってから食べないで欲しい、とか(笑) 私はアーニャとナスチャと貴重な時間を過ごせて本当に、本当にうれしかった。他にも両親、日ロ日本人メンバー、ロシア人メンバー、財団として支援してくださった方々...。詳細は割愛いたしますが、精神的にも、金銭的にも、皆様のご理解やお支え無しにこのような大きな活動をやり遂げる事はできなかったはずです。大変貴重な体験をさせていただいた事に深く感謝いたしますと共に、今後の日露学生交流会の活動とロシア文化及びロシア語の習得、そして人として成長する事に精一杯励み、向上心を持ち続ける事を誓います。本当に、ありがとうございました。

最後の夢の時間
東京女子大学3年 小松あずさ

 今年で日ロに参加して3年目になります。1年生で初めて日ロを経験し、その時に会ったメンバーの友人の家に2年生でホームステイしました。リャザンではアーニャ、ノヴォシビルスクではチヅルの家に泊まり、3年生になった今年は1週間ずつ彼女らのホームステイを受け入れました。直接的な参加は今年が最後になりますが、3年間フルで参加し、ホームステイも受け入れて恩返しも果たしたので、どうやら大満足で最後の企画を終われそうです。
 1年ぶりの二人との再会は、懐かしさと驚きに満ちていました。前半に受け入れたチヅルは、元気なところは相変わらずなのですが、18歳になって少し落ち着きが出てきたようでした。後半に受け入れたアーニャは、頼れるリーダーというしっかり者のイメージとは裏腹に、自由時間にはかなり自由奔放で、リラックスした姿を私に見せてくれました。ロシアでのロシア人、日本でのロシア人という二面性や、それぞれの成長を見ることができて、一期一会ではない「再会」のできる国際交流、という日ロの面白い部分を満喫できたと思います。
 思えば日ロに入ったことで随分と多くのロシア人に会いました。日ロで会ったロシア人、SNSを介して個人的に仲良くなったロシア人、友人からの紹介で出会ったロシア人、外務省の交流事業で出会ったロシア人...一度しか会ったことのない人も含めて数えてみると、この3年間で実に70人ものロシア人に出会ったことになります。頻繁に連絡を取り合う仲になった人もいれば、一度会ったきり連絡はしてない人もいます。ですが、この経験はきっと一生の財産になると確信しています。
 最後になりましたが、今年ホームステイを受け入れさせてくれた家族、初めての訪日にも関わらず抜群のチームワークを見せて訪日を完成させた今年の幹事団の皆さん、そしてこんな素敵な企画を続けてきた日ロに、この場を借りて感謝したいと思います。どうか日ロがこの先もずっと続いていけますように!

日ロでの3度目の夏
東京外国語大学3年 宗石絢子

日本ロシア学生交流会のメンバーとしての3度目の夏、2回目の訪日企画...。一昨年、昨年とは違い、今年はやや複雑な思いで企画初日を迎えた。今回訪日するのは、全員が昨年私たちを受け入れてくれた人たち。再会を心待ちにしながらも、今年は昨年ロシア人学生たちが私たちにしてくれたことの恩返しをしたい、満足して帰ってもらいたい、という強い思いからくる、焦りや不安があったのだ。こんな準備のペースで大丈夫だろうか、企画の内容は薄くないか、新たに入会した多数の日本人メンバーも最高のもてなしをしたいと考えてくれているのだろうか...。ロシア語専攻3年としてのプライド、責任感のようなものも感じていた。昨年流暢な日本語で様々な案内をしてくれたロシア人学生たち。今年は私がそのようなことをする番だ。昨年からあまり進歩していないロシア語では恥ずかしい...。だが、自身の9月初旬からの留学の準備等でバタバタしており、事前の定例会に毎回は参加することができなかった私には、後輩たちに「一昨年はこうだった。」と語り、幹事団を見守ること、ディスカッションで使いそうな単語を調べることくらいしかできなかった。気持ちが空回りしていた。もどかしかった。しかしどういう訳か、心のどこかでずっと、今回の訪日企画は素晴らしいものになる、と確信していたようにも思う。実際、不備は少なくなかったにしろ、訪日企画は成功したと言っていいだろう。空港での別れの際、ロシア人、日本人メンバーの顔を見て、そう思った。私にとっても、2度目の訪日企画は1度目とまた違って、かけがえのないものになった。
私は訪日企画中、昨年私を受け入れてくれ、今年は我が家にホームステイしたカーチャと、日本、ロシアという国について、日本人、ロシア人について、いろいろと話した。一昨年、昨年はこういう話をロシア人とすることはできなかった。互いに慣れっこになったからこそ持てた時間だと思う。カーチャは、日本は素晴らしい国だと言った。人々は親切で、いつもにこやか。近代的で、高い技術を持っているが、伝統も大切にしている。でも、電気がなかったら日本は終わりだね、とも言った。カーチャは、日本人の生活は電気に頼り過ぎている、電気なしでは日本の高い技術も役に立たないと言うのだ。私はドキッとした。返す言葉がなかった。仕方なく、「そうだね、ロシア人なら石油がなくても笑って生き抜きそうな気がする。ナポレオンにも、ヒトラーにも勝ったしね。」というと、「モンゴルには負けたけど。」と言って笑っていた。カーチャがロシアの素晴らしさをロシア語で語った時(時々私のために日本語の説明を挟んでくれたのだが)、わたしはその迫力に圧倒された。«Я очень очень люблю Россию. Я горжусь своей страной.(私はロシアがとてもとても好き。私は自分の国を誇りに思う。)» 堂々とこう言える日本人が、一体どれくらいいるだろうか。
日本人とロシア人との、気質や考え方の精神的な違いを感じることも多かった。しかしこの違いは、決して乗り越えられないものではないと思う。私たちは数日間で、ロシア人との間に親しみと信頼を築くことができた。私は、日本ロシア学生交流会で作り上げた日本人とロシア人との輪、ロシアに関心を持つ日本人同士の輪を、これからより大きく、より強いものにしていけるよう、努めていくつもりだ。日本にとってのロシア、ロシアにとっての日本が、近くて遠い国ではなくなることを願いながら...。
最後に、支援してくださった財団の方々、先輩方、その他協力してくださった多くの方々に、お礼申し上げます。

一個人との交流
東京大学2年 伊藤詩織

「ついに二週間が終わった。」これが訪日企画終了後の率直な感想。様々なことがあったが、その中で私はロシア人メンバー個人との交流について述べたい。
私の部屋にスティしたレーナとは互いの国の話を全くしなかった。訪日終了後、他の日本人メンバーがスティさせたロシア人メンバーと日露間の相違点などについて話していたことを知り、驚いてしまったくらいだ。私たちはむしろ趣味・学校生活・恋愛・人生観など、ひどく個人的なことを話していた。時々彼女は私の悩みに真剣に耳を傾け、アドバイスをしてくれた。「やらないよりはやって後悔した方がいい。」この言葉は私にとって大きな意味をもち、実行に移す勇気を与えてくれた。また彼女が私に悩み(これは彼女にとっては大きなものであったはずだ)を話してくれたとき、何かが心の中で溶けていくような感覚があり、とてもうれしかったのを今でも覚えている。そして何とかして彼女を助けてあげたいとも思った。企画終了後、たった二週間しか出会っていないのにどうしてこのようなことが出来たのかと考えていたが、互いの過去を包み隠さず語ったときに、私と彼女は同じような生き方をしてきた似た者同士であることに気づいたのを思い出した。その時から言葉の壁は徐々に消えていったと思う。国籍は違えど同じ大学生というモラトリアム期間に身を置く人間であり、似たような感性を持ち合わせていたからこそ、同じような関心を持ち、悩みを抱え、そしてその部分で私たちの間には何か共鳴するものがあったのだと思う。
ただ心残りはある。様々な縛りにより「自分」を十分に伝えられなかったことだ。言葉の壁は徐々に消えていったが、他にもスケジュールなどの時間的な制約や私個人の体力的な問題があった。そして何よりも私が「もてなすこと」が頭からどうしても抜けきれなかった。見知らぬ土地にいて大変だろうから...と私は彼女の要望をできる限り尊重するようにした。だが今振り返ると、私は「配慮」と「遠慮」を混同していたのではないかと思う。自分を抑えることは決して相手のことを想っていることにはならず、むしろ逆だと思う。彼女は私が自我をもっと出しても気にしなかっただろうし、それを強く求めていたときも確かにあった。しかしそのシグナルにわたしは応じておらず、さらにはその「遠慮」を「配慮」だと勘違いしていた。もっと話したいこと、伝えたいことは確実にもっとあったはずだ。だが、その「配慮」のためにその中のどれほどを伝えることができたのだろうか。私は彼女のことをもっと知りたかったし、似た者同士であるから本音を言っても分かりあえたのでは......もしまた会えるならば、今度は変に気を遣うことなく、自分の想いを伝えていきたい。この姿勢は彼女に対する誠意であるだけではなく、人と接するときの誠意でもあるはずだ。ありのままの自分を見せずに、どうして一個人と深く付きあえるのだろうか。
レーナとの話に終始してしまったが、それ以外に思い出がないわけでは決してない。多くのロシア人メンバーが私に心に残るアドバイスや話しをしてくれた。それらの多くが私にとって苦手なことを解消していくきっかけになったし、日頃から考えている物事に対するある一つの見方にもなった。勿論、他愛のない話もした。その何気ないものがまた楽しかった。交流の観点から言えば異文化に触れるとは何かをじっくりと考えさせられた。濃密な日々とはこのことであると実感した。この企画を通して自分が知ったこと、みんなが私に教えてくれたこと、そして気付かしてくれたこと――今後、この企画で得たもの全てを大切にしていきたい。
最後になりましたが、この企画作りを共に進めてくれた日本人メンバー、「日本は本当に楽しかった!」と満面の笑みで言ってくれたロシア人メンバー、豊かな経験から貴重なご意見を下さった先輩方、そしてこの訪日企画に関わり、支えてくださったすべての方々に心から感謝の意を表したいと思います。本当にありがとうございました。

訪日を体験して   
東京女子大学2年 小森友美

訪日は私にいろいろな体験をもたらしてくれた。訪日は約二週間にわたって行われたが、毎日が緊張と不安とワクワクの連続であった。日ロの集まりはたいてい一週間に一回のため日本人メンバーともこんなに長く付き合うのは初めてだったと思う。日本人メンバーの中で喧嘩みたいなものがおきないかどうかも心配であった。最初私はロシア語がまったく話せないため、コミュニケーションがとれるかどうか心配であったり、自分の企画の準備が訪日ぎりぎりになっても終わらなかったり不安で仕方がなかった。ウェルカムパーティの時に初めてロシア人とあったが、なかなか話すことはできなかった。しかし、だんだんと日付が進むにつれ、笑顔が溢れ意思疎通ができるようになった。不安よりも今の時間を大切に楽しみたいという気持ちが大きくなっていった。特に鎌倉の海で無邪気に遊ぶロシア人を見たときは、自分の中でやっとロシア人をもてなすことができたと思った。ロシア人と触れ合うことだけではなく、企画のための貸切バスを手配したりするようなことも、初めての経験であったため非常に勉強になった。訪日企画が終わるころにはこのメンバー全員でいるのが自然であった。それだけに最後の別れの時はお別れということが実感できなかった。この二週間は長いようで短かった。しかし、この二週間の間に私は目に見えないいろいろなものを手に入れたと思う。来年彼女たちをもっと知り、さらに仲良くなり、もっと別の一面を知りたいのでロシアにぜひ行きたいと思う。この企画に参加できて本当によかった。

「ロシア人も変わらない」
法政大学2年 中村直嗣

日本国内で外国人と接すると、多くはアメリカ人など欧米の英語圏からの人々で、その次に中国、韓国、フランスなどからの人々である。特に英語圏からの人々とは、中学・高校で学習する英語を用いることができ、テレビや新聞から得る情報量も格段に多く、相手の国の状況、国民性を知った上で交流することが可能となる。それに対し、ロシア人となると日本ではなかなか交流する機会が少ない。大学でのロシア語履修者は他の言語に比べ少なく、メディアからの情報も事件・事故の報告だけである。ロシア人について考えてみても、いまいちピンとこない。
私は今年の4月から日ロに参加し、訪日企画で初めてロシア人と交流した。日ロに参加する意義として日本人とロシア人が交流し、お互いの理解を深めるというのがあるが、実際にロシア人と交流してみると、日本人とロシア人の違いよりも、人間として日本人もロシア人もそんなに変わらないことに気づいた。静かにする所では静かになること。待ち時間が長いとだんだん苛立ってくること。綺麗な景色を見ると写真を撮りたいこと。企画開始前に抱いていたステレオタイプなロシア人の印象、「ロシア人って、よく~するよね(笑)。」みたいなエスニックジョークの対象としてのロシア人は、そこにはなく、根源的なところでは同じなのだと感じた。
これこそ、今回の訪日で得られた最大の収穫だと思う。確かに、近年「文化多元主義」や「異文化理解」などが声高に叫ばれ、お互いの異文化を理解し、違いを認め合うことが求められている。自分の属する文化を唯一絶対的なものとみなさず、文化の多様性を認識することである。しかし、そこから「ロシア人がこう考え、日本人がこう考えるのは、文化の違いだからしょうがない」と考え、日本人とロシア人は分かり合えないということには繋げたくはない。そうではなく、表面的には文化の違い、言葉の違い、考え方の違いがあるが、深いところでは、人間としてある程度の共通する部分があると信じていきたい。そして、そのことを、少しではあるが、この訪日企画で確認できたことは、非常に良かったと思う。

日本という国
早稲田大学2年 原千広

大学の国際法の授業でこんなことを言われたことがある。
「国際法を勉強したいのなら、しっかりと国内法を勉強しなさい。国内法を自分の言語でしっかりと理解し、それを英語で説明できるようにしなさい。それができて初めて、国際的な舞台で役に立つ人間になれる。」
私は普段ロシア語やロシア法について勉強している。しかし今回の訪日企画では、専ら日本文化の紹介に努めようと考えた。それは、今回日本に来たロシア人学生は、日本に興味があって来たのだと考えたからだ。私は、8月19日の日本伝統文化体験の担当であったため、日本文化をロシア語で説明できればと考えた。その体験企画のうち、ここでは、百人一首体験について紹介する。
小学校の授業で百人一首を覚えさせられたことがあった。その時はまだ、歌の意味などを考えたことはなかった。高校生の時、百人一首の解説を読み、感銘を受けた。なるほど、百人一首には繊細な日本語の表現技巧、そして今の日本人が読んでも感銘を受けるような意味を持つ歌が多くあるのかと。私は、この企画で百人一首をロシア人学生に紹介することで、日本という国をもっと深く知ってもらいたいと考えたのである。
 しかし、このようなときに言語は障害となる。百人一首をそのまま音で覚えてもらうだけでは意味はない。しっかりと掛詞の解説や、歌にこめられた意味、背景を教える必要がある。しかしロシア人学生を集めて、すべて解説する時間はない。そこで、解説の小冊子を作成することとなったのである。
 とはいえ、いざ作成するとなると、「そもそもこの歌の意味がわからない、単語がわからない、表現技巧をどう説明すればよいのかわからない、人の名前・地名もそのままキリル文字にすればよいのか」などの様々な困難にぶつかることとなった。そしてそのたびに思った。私は、ロシア人学生に自信を持って紹介できるほど、日本のことを知っているのかと。何も知らないことが情けなかった。結局、百人一首は、時間の都合やロシア人の滞在日数等を勘案して、その中の20枚に限定して行なうことにし、その解説をしっかりと行なうこととなった。
 本番当日は、不準備ながらもあわてて準備を行なったため、ある程度のまとまりをもった体験になったとは思っている。百人一首はロシア人同士の大会形式にしたので、多少の盛り上がりはあった。ただ、百人一首の響きがどこまで伝わったのか、この遊びに何を感じ取ってもらえたのかは、分からずじまいとなってしまった。それは単に準備に齷齪してしまい、伝えることだけに精一杯で、この日の体験についての感想を記入してもらう用紙を作成しなかったこと、体験の企画が終わったことで安心してしまったことが原因である。これは、交流ではない。単なる一方的な講義と体験にすぎない。そんな反省がある。
私は、今回の訪日企画で、日本文化を紹介することの難しさを知った。それは、そもそも母語で母国の文化をはっきりと説明できないからであろう。交流をするのであれば、日本の文化をしっかりと継承しなければいけない。そして、それをしっかりと説明できなければならない。そしてその説明にロシア人がどのような反応を示すのかを知ること、どのように感じたのかを教えてもらうことで、初めて交流企画たりうるのではないだろうか。
思えば、今回の訪日企画は、ロシア人学生をもてなすことばかりに気をとられていたような気がする。私たちは「学生交流会」なのであるから、日本人がロシアに行っていい思いだけして帰ってきたり、ロシア人が日本に来ていい思いだけして帰ってきたりするといったことは本旨ではないはずだ。だからロシア人が日本に来て何かの企画を催すことがあってもよいだろうし、訪日企画であっても日本人からももっと自分の希望をロシア人学生に伝えることがあってもよいだろうと思う。日本に来られなかったロシア人メンバーもいる。来年ロシアに行けない日本人メンバーもいるだろう。2年で1セットではない。1回1回で交流を行うのであれば、もっとお互いの意見をぶつかり合わせてよかっただろう。そして、日本人が訪日企画で何か失敗をしても咎められるのみということはないだろうし、逆もまた然りである。これからは「交流」をしなければならない。私は今回の訪日企画を通してそう思った。

生きた道具
                       東京外国語大学2年 横井 希実子

この訪日で大きく学んだ事が2つある。1つ目は、友情に言語は関係ないということ。2つ目は、言語はとても大切だということ。一見逆の事をいっているようだけれど、この2点を肌で感じることが出来たことはこれから言語を学んでいく大きな糧となった。
わたしは昨年、日ロ学生交流会の企画の訪ロに参加した。そして昨年の自分の訪ロへの姿勢に後悔していた。ロシア語がまだ数ヶ月だという甘えから、事前にロシア語日常会話をそれほど勉強もせず、日本語や英語に頼りきって、相手の言語を使って歩み寄ろうとしなかったこと。それによって、相手にしんどい思いをさせていたかもしれない事。その悔いから1年、わたしは今年、たとえ文法が間違っていようとも、うまく通じなくても、できるだけロシア語で話そうと決めていた。
今年私は、二人のロシア人を1週間ずつホームステイさせた。私は独り暮らしをしているので、私とロシア人は、七畳半の部屋で二人で生活し、いつでもどんなときでも一緒だった。一人目はナスチャ。ナスチャは日本語を習って4年で、日常会話での日本語にほとんど不自由はなかった。普段の会話は、わたしがロシア語で話し、ナスチャが日本語でこたえる、ナスチャが日本語で話し、わたしがロシア語で答える、そして、わたしがロシア語でなんていっていいのか分からずに詰まってしまうと、「日本語でいってみて。」といってくれ、その後正しいロシア語表現を教えてくれた。二人目はヤーナ。日本語は第三外国語で、第一外国語が英語だったので、簡単な会話は、私はロシア語、ヤーナは日本語で話し、それでも伝えられない事は英語で会話した。ヤーナとは、英語をつかって、互いの国の教育について、自殺について、売春についてなど、毎晩時間のたつのも忘れて1時間近く話したこともあった。2人とすごした2週間は、確かに言いたい事がうまく伝わらない悔しいときもあったけれど、大雨の中ずぶねれになって大学までサイクリングしたり、たわいもない事で大笑いしたりした思い出はその悔しさの何十倍の楽しさだった。朝、家でわたしが寝ぼけてふらふらしている時知らないうちに私の布団をたたんでいてくれたり、洗濯物を干しているときに「わたし手伝う。」と隣にきてくれたときには、ほっこり心が温かくなって一気に疲れが吹っ飛んだ。言語がなくても気持ちは通じ合えると思った。ふとした時相手の優しさを感じたり、悲しそうな様子を見て元気付けたり、ちょっかいを出しあって笑いあったり、時には疲れて黙り込んだり。でも、それと同時に、ロシア語や日本語ではおそらくできなかっただろう深い話を、英語をつかうことで議論できたり、相手が頑張って日本語を使って話そうとしてくれている気持ちを言語を通して感じたりしたとき、言語の力を心底感じた。言語って偉大だな、と。
わたしは、外国語学部にはいって1年半経ったが、「言語って所詮道具だから。」といって法学部や経済学部に進んでいった友達の言葉が時々頭に浮かんで、言語を学ぶ自分に本当にこれでよかったのだろうか、と時々不安になった事があった。それはきっと「道具」という存在に対して、わたしがマイナスのイメージをもっていたから。でも、この訪日を経た今のわたしにとって「言語は道具」という言葉は決してマイナスではない。むしろ大きなプラス。言語という道具によって、時を忘れて熱く議論できたり、日本語を一生懸命使って歩み寄ろうとしてくれている相手の気持ちがつたわってきたり、道具とはつくった人や使い手の気持ちが詰まった生きた存在なのだと今は思う。弘法筆を選ばず。私次第できっと言語はもっともっと生き生きとした道具になる。言語を学ぶことに対して迷っていたわたしに光を与えてくれた日ロ、ありがとう。

再会、そして
東京外国語大学2年 淡嶋健人

1年前、訪ロ企画で出会った彼らは本当に良い人たちばかりだった。一般的な「暗い」「寒い」というようなロシアのイメージは吹き飛んだ。善良すぎてこちらが驚いたほどだ。私たちのことを第一に考えてくれたし、私たちの体調などに常に気を使ってくれた。「大丈夫?」の言葉を何度かけてもらったことか。
彼らのホスピタリティに驚かされてから1年、「今度は私が迎える番だ!」と意気込んで、訪日企画を迎えた。空港での再会は、まるで夢のようで、本当に彼らが日本にいるということを信じられなかった。再会の翌日、朝起きたときにアントンが私の家で寝ているのを見て、ようやく「夢ではないのだ。」と確信することができた。

それからの2週間は怒涛の日々であった。
 
 前半は鎌倉や日光など、東京の外まで足を運び、後半はディスカッションや日本文化の体験など、文化的な活動を行った。正直中盤から疲れはピークであった。昨年、私たちを迎え入れてくれた彼らは、今回の企画よりも過密なスケジュールの中、常に私たちに配慮してもてなしてくれた。これは並大抵のことではない。私たちも負けてはいられない。昨年の恩返しをするために、「彼らのことを第一に考えているか」、と常に自問自答して企画を進めていった。
 このような使命感を持ちながらも、結局、この企画で一番大きな比重を占めていたのは、「楽しい」という感情だったと思う。日本人ロシア人ということは関係ない、同年代の友人として一緒にいて楽しいのだ。アントンと私の実家に帰ったとき、一緒に温泉に入りながら、他愛もない話をした。ただそれが楽しかった。キリールと私の家で、私の友人を交えながらポーカーをして何時間も遊んだ。ただそれが楽しかった。あのポーカーセットは東急ハンズで確か5000円もするもので、キリールが購入したものだった。あれを買ったせいで電子辞書の購入に苦労したことも楽しい笑い話だ。
 しかし、楽しい時間はあっという間に過ぎた。別れの前日、あるロシア人に「これで健人と会うのは最後だ...」と言われ、現実に引き戻された。私は来年日ロの企画でロシアに行くことはないだろう。もはや来年会おうとは約束できないのだ。
 彼らと過ごす最後の瞬間、私は悲しくて悲しくてしょうがなかった。そして、彼らへの感謝の気持ちでいっぱいだった。
 再会、そして別れ。この二つを経験して、日ロに所属していてよかったと心の底から思った。これほど嬉しい気持ちになれるのも、これほど悲しい気持ちになれるのも、この日ロという環境にいることができたからだ。日ロという環境が充実したものであったからこそ、私の心は大きく動いたのだろう。この素晴らしい企画をこれからも絶やすことなく続けていってほしい。訪日を支えてくれた全ての皆さまに心から感謝します。

【ロシア人メンバー】
Роман Синёв (ラマン・シニョーフ)

今年始めて日本へ行きました。ずっと前にその旅行は私の夢でした。旅行の前には本と記事がたくさん読みましたが、ロシアでは日本の情報が少しだけあるので、自分で日本へ日本の生活を見に行くことがあるは幸だと思います。日本の外ではたくさん日本人の生活の正しくない固定観念があるので自分で日本へ行ったほうがいいです。毎日何か新しいを知ることはとても面白かったです。私たちは毎日たくさんの綺麗で、面白い所へ行きました。神社や博物館や天然はぜんぶが綺麗で、面白かったです。しかし一番面白いことは普通な日本人の生活を知ることだと思います。日本の生活はロシアのよりとても違います。一番目は平静と組織されたことだと思います。私にはぜんぶが珍しかったですが、日本の生活が好きです。日本は親切で、正直者の国です。日本へもう一度行きたい。

Анна Мельникова (アンナ・メリニコヴァ)

今年の8月にわたしは初めて日本を訪ねるチャンスがありました。それをとってもたのしみにして、とてもきんちょうしました。私には日本は飛行機から始めました。jalというかいしゃだったので、なかはぜんぜん日本っぽくでした。それいがい、日本でみたことのあいだに、一番目に見えたのはサービス、店員の尊敬語や謙譲語、地下鉄の地図でした。そして、前に日本文化について読んだことを実際に見るのはすばらしかったです。東京の中心にある世界中に有名な会社の本社のちかくに静かな公園があって、とてもびっくりしました。全部はそんなにちかくて、とっても驚きました。
 私たちの毎日のプログラムはエベントが多いし、ぞれぞれのエベントが勉強と遊びの結合だったので、一分も役に立ちました。去年できた友達と遊んだり、あたらしいともだちにあったり、いろいろな文化経験をもらったり、めっちゃ楽しかった時間でした。
 食べ物は夢ほどおいしくて、人間はそんなに親切、皆さんが大変お世話になりました。もしもう一つのチャンスがあったら、ぜひ日本にいきたいです。ほんとうににこの国がすきになりましたから。

Яна Вышлова (ヤーナ・ヴィシュロヴァ)

去年、ある男の子が私に東京が好きじゃな言いました。なぜなら、だいとしでうるさくて、人が多くて車が多いから。そして、去年私はそれにさんせいしました。なぜなら、私もうるさい町がきらいだったから。でも、今は、それは間違いだったと思います。たしかに、東京はとても大きくて、うるさいとしです。でも私は好きでした。なぜなら、だいじなのはそこにすんでいる人だから。あなたたちはすばらしくて、やさしくて、しんせつです。私たちのしたいことをすべてかなえてくれました。ばんぐみもとてもたのしかったです。
ありがとうございました!!!また日本に行たいです!ですから、また会おう!
I love Tokyo. I love Japan. I love you!
メイちゃんとキミコちゃんといっしょにいた時間はほんとにたのしかったよ!ありがとう!
Miss you!!! Best wishes for you and for Nichiro

Еллина Чумичёва(エリーナ・チュミチョヴァ)

去年日露に参加して、今年東京へ行くのに夢想しました。ですから、東京にきて、うれしかったです。でも、日本の生活が好きになるかどうか、知らなかったから、少し心配しました。しかし、今私に日本も東京も本当におとぎの国です。日露のとき色々な所へ行ったり、面白い人に会ったり、とても美味しくて、日本の食事を食べてみたり、日本の文化について語られたりしました。
その日の中で一番好きなのは海へ行った日です。波が大きかったから、泳ぐのはとても楽しかったです。そして、日本の暑さの時海は健康にいいと思います!ところでロシア人は海の近くのけしきも好きになりました。
それから日本人について書きたいです。本当にすごい人だと思います。私を与えました。もちろんロシア人と違いますが、日本人が気に入りました。みんなさんにどうもありがとうございます。本当に友達になって、日本人を愛しています。東京に泊まった二週間はわたしの生活の中で一番すばらしいと思います。今日本の友達がいなくて、さびしいです。
東京へ旅行してから、今東京で留学したくて、日本にもどりたいです。
その夏を覚えるでしょう。友情とすごい時間にどうもありがとうございます。また会えるでしょう。大好きです。♥

Антон Карякин (アントン・カリャーキン)

今年の夏は、素敵な旅行をしました。
まず、たくさん勉強になったので、ありがたいです!日本にも、日本文化にも、 もっと詳しくなったと思います。ホストの所で泊まったので、日本人の生活を裏側から見せてもらって、役立ったと思います。しかし、私にとって、一番よかったことは、日本語能力を改善できたことです。本当の日本語を聞かせてもらってよかったです。その素晴らしい二週間のあいだ、いろいろな楽しさを経験してきました。温泉へ行ったり、自然の公園を散歩したりしました。都会も田舎も見ました。毎日は忙しくて、遠足や見物などがいっぱいでした。そして、私の夢を遂げさせてもらいました。つまり、太平洋を見て、泳ぎました。友達に出会って、親切なもてなしですごした時間、本当にありがとうございました。日本ロシア学生交流会メンバー、みんなでまた来年に出会えるのを楽しみにしています。
 日ロ、万歳!

Марина Убшаева (マリーナ・ウブシェヴァ)
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こんにちは。
日本は大きくてきれいな国です。日本へ行ったから、うれしいです。東京でいい人を見たから、楽しい時間をすごしました。東京はとても大きい町です。私は東京の人や建物や記念碑や公園まだ良く覚えている。私は日本と日本の歴史についてたくさん物を習いました。色々な博物館へ行ったことがありますから。例えば江戸博物館です。この所はとてもおおきくて面白いです。私は歴史の物がたくさん見ました。
色々な会議をした、うれしいです。私達は難しくて興味ある問題について話しました。二週間日本人は私にとても手伝ってくれました。日本についていつも面白いことを言いました。
私達は毎日楽しい時間をすごしました。早い朝起きた、色々なところへいきました。晩に家へ帰る時、私はとても疲れたですが、うれしかった。わたしには日本人の好みが好きになった。毎日私は日本人のスタイルを賞めました。
またわたしは日本の天然が好きです。日光で私は垂水を見ました。これはとてもきれいです。日本にはたくさん山があります。やまはたかくてきれいです。
日本で全部はとてもきれいです。いつも何かを見たら"わああ"と言いました。
この二週間では私は日本語でよくはなすになった。どうもありがとございした。

Екатерина Штайнепрайс (エカチェリーナ・シュタイネプライス)

前に私は日露というプログラムについてぜんぜん知りませんでした。ある日スターシャ先輩は"日露というプログラムに参加したいですか。"と聞きました。日本や日本人などが大好きですから、すぐに賛成しました。
去年日本人はロシアに来ました。日本人と一緒に住んだり、見学をしたり、遊んだりしていました。日本人は日本に帰ったから、とても寂しかったです。でも私は日露というプログラムの参加者だから、今年日本に来るチャンスがありました。
それぞれの人は夢がありますね。私の夢について言うと、東京に行くことでした。銀座や新宿や東京タワーなどを見たかったです。日露というプログラムのおかげで私の夢が叶いました。鎌倉の神社や大仏や浅草や六本木や国会や日本の高校や東大などいろいろな見物をしたり、ディスカッションをしたり、文化紹介をしたりできて嬉しかったです。
ホームステイについて言うと、東京に行く前に不安でした。でも私は二つの家庭に住んでいましたが、どちらも優しかったです。全員が親切な人で、いつもお世話になって、本当に感謝しています。私は料理を作ることが大好きですから、いろいろな料理の作り方を教え合いました。これから、日本の料理を作る度に日露を思い出します。
日露に参加したのが嬉しくてたまらないです。もし、誰かいつか "日露というプログラムは何ですか。参加したほうがいいですか。"と聞いたら、私は "すばらしいプログラムと思います。はい、必ず参加したほうがいいと思います。"と答えます。
日露の参加者になると、夢が叶います!Chuuu!
Елена Ударцева (エレーナ・ウダルツェヴァ)

ロシア人にとって、日本はどんな国だ?日本は自分の文化、伝統、素晴らしい言語、親切な民族がある不思議な国だ。日本をわかるには日本の文化と歴史を学ぶことだけでなく旅行することも必要だ。そういうわけでロシア人は日露という大学生交流プログラムのおかげこの夏、日本を見学できた。我々に日本をもう一どうあけた、大学であげた知識を練習した。
日本に住んでいた毎日は我々に小さいミラクル(快苦)のような日だった。さんけいや鎌倉の遊覧などの見物が何時に無かった。全部を見たかった。東京二週間滞在日程は興味のあるところやほしいものを見物することを容認した。勿論、最初の日に気候、時間帯、料理などの新しい事情にみなれることが難しかったらちょっと疲れた。しかし、日本の友達と一緒にこの支障を楽にこくふくした。日本の友達の手伝いたおかげ、私たちの旅行は有益で快適だった。現代問題について興味深い懇談にようって経験を交換してほかの意見をわかった。このほかに、日本の家族に住んでいたから、家族は人生の怪異の伝統を良く教えた。
日本旅行は短かったら、寂しい。今、参拝して、太平洋で泳いで、日本の料理をたべて、勿論、友達を訪問するために、今、我々は全部で反復してにほんいかえりたい。見たところを忘れられて買いたお土産をおりて、でも、交誼はいつも人間の記念にある。日露に「ありがとう」と言いたくて、ともだちはいつも覚える!
日露の友好と協力万歳!)))

Анастася Чибрурун (アナスタシア・チブルン)

日本は素晴らしく、好きな国で、日本語を勉強しているので、日本に行きたかった。この宿望が実現して私は本当に幸せになった。この旅行は生活の一番印象的だった。日本滞在の時、私と他のロシアの学生たちは言葉をはじめ発音などの日本語の能力を高めて、日本の伝統的な生活を分かるようになって、有用な経験をもらった。ある時ロシアの本で読んだ日本の観光地や名物を自分で見られると、精神が感心で満ちていた。例えば、東京タワーの150メトルからの東京の夜景、江戸東京博物館、日光、鎌倉の大仏、東京大学、いつも込んでいる新宿や渋谷や原宿、ディズニランドなどの所は今まで感心している。美しい海で泳ぐのは楽しくて、その日は心で残ってしまった。まだまだ手つかずの自然がある日本の公園を散歩した時、夢中になって眺めていた。
また、忘れない物は日本料理だった。日本製の寿司、なべ、みそしろ、そばなどの料理を初めて食べて、好きになった。回転寿司のレストランに行くのもすごかった。毎日食べたい物はとてもおいしいメロンパンだった。ロシアにそんな料理がなくて残念だ。
去年と同じ日本人は優しくて、思い遣りのある人だった!一緒にしたことは全部楽しくて、面白くて、よかった!去年みんなは友達になったので、今年の会いを心待ちに待った。あいにくほとんどの日ロメンバーに最後に会った。でも、もう一度会えると期待している。
写真を見るたびに、楽しくなる。みんなに「ありがとう。」と言たくて、いつも覚える!ロシアに来てください!また会おうね!
Вероника Кроворотова (ヴェロニカ・クロヴォロトヴァ)

今年の夏に日ロというプログラムに参加しました。去年の夏に日本のメンバーがロシアに来ましたので、今度はロシアのメンバーが日本に行きました。子供時から日本への旅行は夢でした。ですからこのチャンスに信じられませんでした。この旅行の前にとても心配しました。ビザの手続きができないか何か生じるので、どこへも行きないと思いました。この旅行は初めての外国への旅行でしたので、二倍にこわいでした。しかし、心配しましたのに、全部は大丈夫でしたし、日本に来ました。
 初めに全部が面白くて不思議でした。東京メトロ、店のサービス、料理、交通、建物、全部はロシアのと全然違います。天気も違いました。モスクワでも暑いでしたのに、日本では空気の水分は高いので、野外で蒸し風呂みたかったことに驚きました。だから初めにいつも団扇を持って外出しました。ところが早く暑さに慣れました。一週間に横浜でセオミユさんのオタクで済んでいました。ある日デパートに行きましたし、デパートで一人の外国人でいたので、へんのような感じしました。目のとかみの毛の色や身長や体格などが違うので、人々(特に子供)は見ていたので、困惑させました。しかしにぎやかな通り(例えば、渋谷区か新宿区の通り)に外国人が多いでした。時々外国人か日本人(特に若者)は私たちがアメリカ人だと思って、「Good morning」か「hello」と言いました。これはほほえませました。日ロ間にたくさん名所を見学しました。浅草や鎌倉の神社や大仏や日光の徳川家康の墓や新宿公園や代々木公園や上野動物園などを見学しました。日本のお寺と神社はびっくりさせます。日ロのために日本の習慣と紹介しました。文化紹介に日本人はロシア語で日本の習慣について話しましたし、百人一首と花札にやりましたし、お茶の式をしました。とても面白くて楽しいでした。そしてこのプログラムは日本語で話すためにいいチャンスでした。家族に住んでたくさんよく使っている言葉を知ります。常に外の語で付き合ってこの語で考えるような気がします。だからロシアに帰ったから、よく日本語の言葉を使い続けました。
 日ロは一生懸命に日本語を勉強するために刺激になりました。今はN2レベル日本語能力試験を受けるために毎日日本で書いた教科書で勉強しています。来年N2レベルを受けるつもりです。今はロシアにいて日本や日本の料理や日本の日ロのメンバーに慕っていると思います。日本のメンバーはとても面白くて陽気な人なので、もう一回会いたいです。だから来年私たちはロシアで日ロのメンバーを待っています。