オンライン報告書 - 2008 年 訪日企画 - 訪日企画を終えて 1
訪日企画を終えて — K. M.
「せっかくロシア語科に入ったんだからもっとロシアに触れてロシアのことを知りたい!」そんな思いでこの企画に参加し、実際にロシアの学生たちとの交流を行う中で、私はたくさんのことを学んだ。まだまだロシア語を勉強し始めたばかりの私はロシア人とうまくコミュニケーションが取れるかどうか不安であった。しかし、企画がスタートしてみると、ロシア側のほとんどの学生がある程度以上の日本語を話すことができることが分かってとても驚いた。その中には今回の来日が初めてだという人もいて、彼らの勤勉さにとても感銘を受けた。
同時に、自分もまだまだ努力をしなければならないことを痛感した。
また彼らはいつも明るくて元気で、「自分」というものをしっかり持っている気がした。日本人メンバーと一緒に買い物に出かけるような場面で、多くの日本人ならば他の人に気を遣ってあまり自分の意見をはっきりと言わないところを、ロシアの人たちははっきりと自分の意見を伝えてくる。そんなところがどこかかっこよく見えた。
しかし、違いばかりを思い知ったわけではない。一緒に日本とロシアの音楽について語り合った時は本当に盛り上がったし、お互いのことを知ることができた。違った国の人同士が共通の話題で盛り上がる時、心が通じ合うのだと思う。そこには「国」といった意識を超えた共通の気持ちがあり、それこそ国際交流に不可欠なものではないかと思うことができた。
ロシアの学生たちとの交流によって、私にとってまだまだ未知の国であるロシアに一歩近づくことができた気がする。そしてこれからもさらにロシアのことを勉強したいと思う。
訪日企画を終えて — A. K.
昔聞いた「外国人と話す時に大事なのは語学力じゃない!ハートだよ!!」という学校の先生の熱い言葉の意味をこの夏の企画で実感した。
初めの頃は、何を話せばいいかわからなかったが、その都度気がついたことを話すようにして、何でもいいからまずはたくさん話すようにした。何度も会話が止まる時はあったし企画はたった 2 週間だったが、ささいなことでもいいからたくさん話をするうちに、普通に日本人の女の子の友達と話すのと似た感覚で、「日本とロシア」というジャンルの会話だけではない色んな話ができるようになった。
2 週間の交流だけでは終わらせたくない友達ができた。彼女らとは企画が終わった今でもメールや SNS で連絡を取り合っている。
そもそも、私たちは日本人対ロシア人であることの前に、ほぼ初対面の相手なのだ。初対面の相手と何を話せばいいのかわからないのは当たり前だ。相手が外国人だろうと日本人だろうとそれは変わらない。そして会話をして同じ時間を共有するうちに仲良くなれるのにも、国の違いは関係ない。大切なのは、相手が外国人か日本人かに関係なく目の前の新しい友人と仲良くなろうと努力することだ。他の人に言うと笑われそうな当たり前のことだが、これがこの夏の企画を通して私が一番感じたことだ。この企画に参加して本当によかったと思う。私の 10 代最後の夏休みは最高の夏休みだった。_
私は大学でロシア語を学んでいるわけではなく英語もあまり得意ではないので、ロシア人との会話は日本語と少しの英語で行った。「仲良くなりたい」という気持ちが大切だとは言ったが、仲良くなってみると英語とロシア語の勉強を前よりもがんばろうと強く思うようになった。なるほど確かにハートの方が大切だ。
訪日企画に参加して — K. T.
ロシア語を学ぶ目的と、学んだものを今後どう活かすかについて疑問を持ち続けながら外大に入学し、特に留学生との交流も持つつもりも無かった私は、このまま特に何もないまま大学生活を終えてしまうのか・・・と思っていたが、このような素晴らしい企画があると偶然知り、5 月からの企画会議などに積極的に参加するようになった。勉強会などを重ねていくうちにだんだんとロシア人学生といろんなことを話したくなってきた。
夏はあっという間にやってきてあっという間に去って行った。私は体調が悪く思ったより参加できなかったが、いくつかの日程は積極的に参加した。ディスカッションにおいては特に死刑制度の是非について問うといった宗教的倫理的に難しい問題だったが、ロシア人・日本人同士でも意見の相違があり、お国柄が出ていなかったのが興味深かった。「ロシア人」「日本人」という分け方ではなくて、「この人」個人という視点で人を見ることができた気がした。
日本語のうまいロシア人学生とは、ふだんからずっと日本語で話していた。時々意志の疎通が難しかったこともあったが、たいていは自然な会話が成り立った。私も彼らの日本語のようにロシア語がうまくなって、彼らと再会し、今度はロシア語だけで話したい、と思った。
言葉にあらわれる価値観 — M. I.

今回ロシア人受け入れの企画を終えて、ロシア人に対するイメージ、さらにはロシア人のみならず外国人に対するステレオタイプのようなイメージが大きく変わったと実感した。私は中学生の頃から外国語、英語に特別興味を持っていたので、ALT の先生方とも積極的に関わり、中学生・高校生なりに外国のことについて知るようにしてきた方だと思うが、どこかで「ある文化の中に所属する人間は、他の文化の中で生きる人間と根本的に異なる」と考えていた。これはきっと日本という土壌の中で育ってきたことも影響していると思う。
しかし実際にロシア人と寝起きを共にする中で、この考えは大きく変わった。ロシア人も日本人も、もちろんそうでない部分もあるが、感性なんか思っていたより似ていて、ロシアの文化と日本の文化が共有しているものは少なくないのではないかと思った。私は予てから、文化の最たるあらわれは言葉だと考えている。言葉はその使用集団が物事をどうとらえているか、その集団が何を重要とし、何を必需としているかがよくあらわれている。ロシア語と日本語という一般的には全くかけ離れた言葉だとされている二つが、今回の受け入れを通して、まだ勉強不足ながらもかなり似たところがあると感じたのだ。
例えば、ことわざによくあらわれている。私がロシア人のブロンドの髪を羨ましがったところ、受け入れのロシア人は逆に日本人の黒い髪が羨ましいと言った。そこで彼女は、この状況はхорошо там, где нас нетということわざがぴったりだと言ったのだが、このロシア語のことわざは日本語で言う「ないものねだり」に当たる。それ以外にも「二兎を追うものは一兎を得ず」ということわざは全く同じ表現方法でロシア語にもある。聞いたところによると、このことわざは元は中国語からきており、それがロシア語・日本語に派生したらしい。
このように、たとえ二文化間に仲介があるにしても、そのことわざが取り込まれるということは、取り込む側の価値観がその言葉が使われていた文化の価値観に類似しているか、その価値観を新しく受け入れるということである。この過程で伝達される価値観はほんの一側面であるだろうが、他にも似たようなところは山ほどあり、根本的な価値観の共有は確かにある。ロシア人と共に生活してこのように感じた。
こういったように、私は今回の企画で、言葉の面からロシアと日本の近似性を感じた。言葉のみにとどまることなく、ひとの根本的な価値観にも影響する。ロシア人と日本人の間には、世間で考えられている、いわゆるステレオタイプを覆すような類似した価値観がる。きっとこのことは日ロ間には留まらないだろう。ロシア人と一緒に生活したことで、ロシア人のみならず外国人に対する意識の面にも、勉学の面にもとても大きいものを得られたと思う。
訪日の感想 — T. M.
私はこの日露の訪日の企画に始めて参加して、ロシアという国の文化を以前よりも知る事ができ、そして改めて日本文化を知る事の大切さを感じた。始め相手のロシア人がどれだけの日本語を上手くしゃべれるかを知らずにしゃべりかけてみるとロシア人の日本語の上手さに驚かされた。私はこの春からロシア語を学び始め、この訪日企画では出来るだけロシア語をしゃべろうと思っていた。喋りが上手い上に、漢字までかけていたのでさらに驚かされた。しかし、しゃべろうとしても自分のロシア語の単語力ではうまくしゃべる事も出来ず結局日本語や英語に逃げていた。これを機に、今まで異常にロシア語に本気で取り組もうと思った。
ロシアと日本の文化の違いを特に強く感じた企画は、オリンピックセンターでの合宿においてのディスカッションだ。ここでは、"国とメディア""北方領土"そして、"死刑制度"の三つについて話し合った。特に国とメディアについてのディスカッションにおいて、私のグループでは、日本人とロシア人との間ではっきりと意見が違っていた。このような考え方の違いで、自分はやはり日本人なんだなと感じた。しかし、ロシアと日本と生まれ育った国が違っても同じ世代に生まれたのだから、遊びなどの話では盛り上がれた。特に音楽の話では、ロシアで今はやっている音楽などを教えてもらう事が出来た。一緒にカラオケに行く事もでき、お互いに知っている歌も歌う事ができ、楽しかった。
この訪日企画を当して、改めてロシア語をさらに学ぼうという意欲がわき、今度彼らにあったときには、もっとすらすらとロシア語を話せるようになり、冗談も言えるようになっていたいと思う。
訪日を終えて — T. S.
今年の訪日企画も、見学先の皆様、財団の皆様、OBOG そして関係者の皆様、また現役の会員の皆様のおかげで無事に終えることができました。ありがとうございました。今年は会員数が多く様々なアイディアや経験談やアドバイスをもとに日程を組むことができ、非常に有意義な 2 週間にすることができました。こんどまた東京にロシア人が遊びに来た時には案内する場所がなくなってしまうほどではないかと思います。
今年は、去年訪ロしたメンバーがほとんど卒業してしまっていて、ホームステイの受け入れは、ほとんどの学生が初対面の相手を泊めるということだったので不安もありましたが、意外と空港で打ち解けていて安心しました。そうは言ってもホームステイの受け入れはほとんどの学生が初めての経験なので、実際家庭ではいろいろと難しいこともあっただろうと思います。無事に終えることができたのは、会員の気遣いと努力のお陰です。
準備段階での大きな課題はホームステイ先の確保でした。これは日本ロシア学生交流会にとっては毎年のことなのですが、今年は積極的に勧誘活動を会員全員が行ったことで、例年より多くの学生が入会し、夏の企画に関わったことはひとつの成果だったと思います。それでもホームステイの受け入れ家庭はぎりぎりの状態なので、今後はより積極的に新入生にアピールしていく必要があると思います。
ディスカッションの準備は、一年生が積極的に参加しました。一年生が講師をして勉強会をしたことは初めてのことではないかと思います。ロシアの大統領選挙、芸術、死刑制度などについて、一年生と上級生が協力してレジュメを作り勉強会を行いました。有意義なディスカッションのために必要な予備知識を得るためにとても役に立ちました。
近年、日本人のロシアへの注目度は高まっており、ロシアに行ったことのある人は増えていると思いますが、ロシアにホームステイをしたり、ロシア人のホームステイを受け入れたりした経験のある人はとても貴重な存在だと思います。また、モスクワとペテルブルグという大都市ではなく、ノボシビルスクやリャザンという大都市とは別のロシアらしさを持つ都市の学生との交流は貴重なものだと思います。
最後にもう一度今年の訪日企画に関わってくださった皆様に感謝いたします。ありがとうございました。
二週間を振り返って — K. I.
長いようであっという間の二週間が終わった。ロシア人の訪日企画を終えて思うことは、非常に多くのことを学ばせてもらったということだ。それはロシア人との交流は勿論、企画への参加や運営を通して学んだものであった。
ロシア人と交流する中で、特に印象に残った一言がある。「あなたはどう思うのですか?」という一言だ。日本人はあまり自分の意見をはっきりとは主張しない。例えば死刑を廃止すべきかどうか、という回答に対して、私を含め日本人は中庸の意見に終始することが多かった。「どちらかといえば反対です。ですが・・・」といった具合である。それに比べてロシア人は自分の立場とその理由をはっきりと主張する。はっきりと主張するのか否か、どちらが良いというものではないと思うが、私はその一言を言われた時にドキッとしてしまった。その一言を言われた時に、ロシア人は自分の主張をしっかり持っているのに対し、自分ははっきりとした主張を持っていない、中庸な意見に逃げている、と瞬時に感じたためであろう。このことから私は、外国人、それは飛躍だとしても、少なくともロシア人と会話をする際には、自分の意見と立場を主張することが求められることを学んだ。
企画を通しては、いかにロシア人と日本人の交流を促進していくかということをマクロ的な視野とミクロ的な視野の両面から考える機会を与えられ、非常に勉強になった。
まだまだ書きたいことはあるが、最後にこのような貴重な学びを私に与えてくれた日露の学生、そして活動資金を寄付して下さった財団の方々に感謝し、締めの言葉としたい。
訪日企画を終えて — R. I.

私が日ロ学生交流会に入ったのは今年の 4 月ころなので、日ロの大きな企画に参加したのは、今回の訪日が初めてだった。訪日について、過去の報告書を読んだり、先輩方から話を聞いたりしてとても楽しみにしていた。大好きなロシアから、ロシア人がたくさん来て、毎日ロシア語を聞くことができるなんて、なんてすばらしいんだろうと思っていた。実際に企画が始まると、毎日毎日東京を観光して、生のロシア語を聞いて、文化の違いを肌で感じることができた。一番ロシア語と触れたのは、オリンピックセンターでの合宿だったように思う。夜も朝も、ロシア人どうしが話すロシア語を聞くことができて、自分も必死でロシア語を使ってみたり聞き取ってみたりと、貴重な時間を過ごすことができた。
2 週間ホームステイを受け入れて、思った以上にいろいろな経験をした。空港で会うまで、インターネットで何度か話したことがあるだけだった子たちと 24 時間どこへ行くのも一緒というのは、なかなかないことだ。ときには意見が衝突したり、疲れきって沈黙したりもしたけれど、それも終わってみれば懐かしい。ロシア人のみんなが帰国してしまったあと、一人で電車に乗ることや、周りを見てちゃんと一緒に来ているか確かめなくていいことなどが不思議に思えた。いつの間にか、ずっと一緒にいるのが当たり前になっていたのだ。みんなの希望をすべて叶えてあげられたわけではなかったけれど、日本の日常に触れさせてあげられたと思っている。
今回の訪日を終えて、母語のすばらしさを再認識した。同時に、お礼や挨拶の重要性にも気づかされた。他人となかよく生活するためには、お互いの文化や習慣の違いを考慮しながら、譲り合うことも、大切だと実感した。
韓国、ロシア、そして日本へ —G. K.
訪日企画が終わりしばらくしてから、少しの間、韓国の実家に帰ってきた。これでソウルの空港を利用するのは何十回目になるが、今回ほどロシア語をたくさん聴けたのは初めてだった。何せ日本に帰ってくる時、隣のゲートはハバロフスク行きだったのだ。ロシア語のテレビ番組を見、ロシア語のサイトをサーフィンしていた空港のロシア人を見ながら、ロシアも随分身近な国になったものだと思った。日本に帰ってきた翌日には韓国の大統領イ・ミョンバクがロシアを訪問し、ロシアのメドべジェフ大統領と会談をしたとのニュースを聞いた。やはりロシアと韓国との関係はだんだん密接にならざるをえないらしい。
実は韓国人にとってロシアという国はアメリカや中国、日本などの国に比べて必ずしもなじみの深い国とは言い難い。韓国の歴史でロシアの名前が登場するのは日露戦争直前、朝鮮王朝の王が日本の影響から逃れるため、ロシアの大使館に駆け込んだ事件くらいである。日露戦争で日本が勝った後、ロシアの朝鮮半島における影響力はほとんどなくなった。日本から独立を果たした後、朝鮮半島は二つに分かれ、長い冷戦が始まると、資本主義体制を選択した反共国家の韓国で旧ソ連は敵国として敵対的な関係であり続けた。韓国とロシアとの関係が本格的に始まったのは、1988 年のソウルオリンピックにソ連代表団が参加し、1990 年国交が樹立してからである。
実は私がロシアに興味を持ったのもその馴染みの薄さのせいかもしれない。私は日本で高校に通ったのだが、その時第二外国語としてスペイン語、ドイツ語、フランス語、中国語、韓国語はあっても、ロシア語だけは勉強することができなかった。ただ学園祭の古本市で運命的な出会いが訪れた。日本語の古本がずらりと並んでいる中で、なぜか『最新ロシア語文法』という韓国語で書かれた本があったのだ。韓国語の本がそれしかなかったので、嬉しい気持ちで買ってしまったものの、キリル文字からして訳が分からず、独学などできようもなかった。そのもどかしさから私は大学に入って、ロシア語を第二外国語に選択したのである。
ここまでで分かる通り、私は日本で住んでいる韓国人である。それでいてロシア語を勉強し、日本・ロシア学生交流会に入っているのだから、かなり物数奇かもしれない。二年生になってからサークルを一つ入ってみようと、サークル情報誌をめくっていたら、日本・ロシア学生交流会に引っかかった。「今年こそはロシア語をがんばるぞ」という意気込みがあったので、日本ロシア学生交流会に行ってみることになり、入ることになった。早稲田、上智、外大、慶応、東京女子など、学校もさまざま。そして或いはドストエフスキーから、或いはロシア正教から、或いは中央アジアからとそれぞれ入り口は違っている。だけど皆ロシアが大好きなのだ。サークルの仲間たちと一緒にいながら本当に刺激になったし、学ぶところが多かった。
その日本ロシア学生交流会で一番力を注いできた企画が今回の訪日企画であった。今回の最大の収穫は言うまでもなく、生身のロシア人と交流ができたことだが、私にはそれと同時に日本の再発見でもあった。韓国語が母国語の私とロシア語が母国語の彼らは日本語で会話をしていた。どうして彼らはあんなに日本語が上手だったのだろうか。それは日本が好きだからだろう。日本には外国人を魅了させる力がある。それは文化の力と言ってもいい。日本のアニメや漫画が海外でも人気なのはよく知られているが、それだけでなく、伝統文化の力も無視できない。今回の企画で鎌倉や日光の寺や歌舞伎などはロシア人たちを満足させた。
そこで韓国人の私は日本を羨ましく思った。もちろん韓国の独自のすばらしい文化があるとは思う。しかしそれを日本のようにうまくアピールできていないような気がする。これからは韓国の文化に憧れ,韓国語を学び、韓国に来るロシア人ができるくらいの文化を海外に発信していくことが必要となってくるだろう。
私は日本も、ロシアも、韓国も大好きである。好きであること、好きになること、それが真の交流の始まりなのではないか、と考えた。
生命倫理観の相違 — R. S.
私は残念ながら全ての企画に参加することはできなかった。ディスカッションについても 3 日目 (死刑制度について) にしか参加することができなかったが、最も有意義だったと感じられるので、以下それについて述べる。さっそくだが、"死刑制度"というのは、普遍的な議題であるのではないだろうか。"北方領土"は主にロシアと日本間の問題であるであろうし、"国とメディア"についても、かつて社会主義国家であったロシアと、歴史上そのような国家体制を経験したことのない日本における思想統制意識の差異から生じる問題であろう。死刑制度は、社会が法を犯したものを裁く手段を設けている限り、古今東西その必要性が問われ続けるものである。生あるところに死もまたあるわけで、死刑は生あるものとして自分の意見を提示しなければならないほどに社会と密接に関わっているのである。死刑制度の賛否は議論の尽きないところとして、私が感銘をうけたのは、日本では精神に問題があると死刑を放免されるのに、ロシアではそれこそ回復の見込みがないとして死刑が執行されるとの点である。この相違を通して分かることは、日本では精神の問題はいわば本人や家族の責任の範疇を超えた問題として捉えるが、ロシアではそのような場合にも本人に責任を求めるということである。私はここに先天的な病も含めて本人の責任とするロシア気質の考え方を見て、生命倫理観も国によって大分異なるのだ、と、交流企画でしか得られないであろう新たな認識を得たのである。特に私は、文系で社会学を勉強しているわけではなく、理系で生命科学を勉強している身であるのだが、ディスカッション前には死刑制度の社会的な面に気をとられ、自分の専門でも重要な位置を占める生命倫理観に関する知見が得られるとは考えていなかった。ロシアの学生との交流はこのような先入観を融解し、私に分野の境界を越えた知見を与えてくれた点で意義深かったと思われる。