オンライン報告書 - 2008 年 訪日企画 - ホームステイ感想 3

S. K.

約一週間のホームステイ受け入れは、長いようで短かったです。全体企画の時は、ロシア人学生との交流も確かにできましたが、自分の母語である日本語のほうが簡単に話せるので、日本人同士で話してしまっていました。また、ロシア人たちもかたまっていたように思えます。だから、全体企画での集団対集団のつきあいの他に、一対一の個人の付き合いができたのは貴重な経験だったと思います。お互い共通の趣味があったことも、コミュニケーションの助けになりました。また、一緒に暮らしてみることでしか、気づくことのできない生活習慣の違いをお互いに認識でき、有意義なステイになったと思います。

一人暮らしで、朝食の準備や家事などのホームステイに関することと、全体の企画への参加を両立するのは大変でした。しかし、ロシアでも人気のお寿司を食べに回転寿司に連れていってあげた時に、すごく喜んでもらったことがあり、ホームステイの受け入れによって、より深い付き合いができたことをとてもよかったと思っています。

K. I.

私はマキシムを 25 日から 29 日までホストとして受け入れていました。マキシムは日本に大変興味を持っており、日本語の能力も高く、日本の習慣なども理解していたため、問題もなく、無事ホストの役目を果たすことができました。

マキシムはせっかく日本にいるのだから日本を満喫したいと言っていたので、我が家の食卓はずっと和食でした。朝は味噌汁、米、焼き魚、梅干し、煮物、お雑煮、厚焼き卵、海苔、納豆、親子丼、漬物などを食べ、締めはコーヒーではなくお茶という徹底ぶりでした。そういった食事にマキシムは満足してくれていたようで、母はマキシムが和食を食べ、おいしいと言ってくれることに喜びを感じていました。父はマキシムに様々な質問をすることを楽しみにしていました。私はというと、マキシムが快適に過ごせることが一番の望みでした。つかず離れず接することで、マキシムが変に気を遣わず、リラックスできるようにと心がけていました。また、マキシムがロシア人の日本人観、日露関係等を、言いづらいことでも本音で語ってくれたことも嬉しかったです。

そんなこんなで、我が家のホームステイ引き受けは何の問題も、苦労もなく、いい思い出だけが残るというものでした。ホームステイを受け入れるのか否かで訪日企画の充実度や、ロシア人との関係の深さは大きく変わると思います。それなので 2010 年に訪日企画に参加される方には、是非ホームステイを引き受け、素晴らしい思い出を作っていただきたいです。

A. M.

私の家にロシア人のユーリャがホームステイに来たのはたった 5 日間であったが、私はそれ以上に感じるほど貴重な経験をこのホームステイを通して得ることが出来たと思う。私の家にホームステイをしたユーリャは日本語があまり出来ないと聞いており、私もロシア語があまり出来るわけではないので大変不安だったが、実際は英語での会話も多かったしあまり困ることはなかった。昼間は交流会のメンバーでいるのであまりユーリャだけと一緒にいる機会はなかったため、行き帰りの電車の中や家でのユーリャとの時間は本当に楽しむことが出来た。初めは英語だけの会話だったが、徐々にお互い少しずつ知っているロシア語や日本語を使ってみたりとお互い努力し、そのうえで意思疎通が出来たときは本当に喜びを感じ、意思疎通のためのことばとは素晴らしいものであると感じ、ロシア語をもっと話せるようになりたいと思うばかりであった。また一緒にいると異文化を感じさせられることが多かった。やはり日本人に比べると自分の意見をはっきり言うし、行動力もすごいということを強く感じた。

ホームステイに関して、私の一番の不安は私の家族とユーリャとの関わり方であった。私の家族は英語がほとんど出来ないため、夕飯の時間などはどうなるのだろうと思っていたが、ユーリャが私の家族に好感を持っており逆に私の家族もユーリャに対して同じように感じていたため、ことばがうまく通じなくても会話を楽しんでいるように思えた。実際私の母はユーリャに対して日本語で話しかけていたがジェスチャーをふんだんに使っていたため、言いたいことは伝わっていたようだった。全く関わりのない異国の人がいきなり家に泊まりにくることに私の家族は初めは抵抗があったようだが、たった 5 日間でこんなにもユーリャとの信頼関係を結ぶことが出来たことに私は喜びを覚えた。

ユーリャがいた 5 日間は私の家の中を明るくしてくれ、今はユーリャが置いていってくれたお土産がそのユーリャの役割を果たしてくれている。ユーリャを受け入れることが出来て本当によかったと思っている。

About Ayumi's family — ユリヤ・ドミトリエバ

I liked to live in Ayumi's family. She had a father, a mother and a brother. Ayumi has a very friendly family. They live in a big and beautiful house. Her farther works and her mother is a housewife. She takes care about the whole family. In the morning she made a breakfast for us, in the evening we ate a supper all together. Her brother is 16 years old, he studies at school. He plays a guitar. I liked to communicate with Ayumi' s parents. During a supper we discussed the Russian and Japanese cultures, food. Ayumi told me that she was in Russia. She visited Moscow and Saint Petesburg. At the first day of my moving to Ayumi' s home I got acquainted with her uncle and her cousin. Ayumi' s mother and cousin met us at the station. Her cousin lives in Germany and she is good at English. She is very nice and sociable person. I am glade that this family has so warm and friendly relationships with relatives. I felt very comfortable in this family as in my own because they treat me very kindly. I spent a very great and pleasure time living with Ayumi and her family. I thank them for my homestay in their house.

私はあゆみの家族と暮らすことは気に入りました。お父さんお母さん弟さんがいました。あゆみの家族はフレンドリーでした。彼らは大きくきれいな家に住んでいました。お父さんは働いていてお母さんは主婦でした。お母さんは家族すべての面倒を見ていました。朝は私達のために朝ごはんを作ってくれました。夕食はみなで食べました。彼は学校で勉強しています。彼はギターを弾きます。私は彼女の両親と話すのが好きでした。夕食時に私達はロシアと日本の文化、料理について話しました。あゆみは私にモスクワにとペテルブルグに行った時のことを話してくれました。あゆみの家に行った最初の日の朝に彼女のおじさんといとこに会いました。彼女の母といとこと駅で会いました。彼女のいとこはドイツに住んでいて、英語がとても上手でした。とても社交的な人です。私はあゆみの家族が親戚とも仲がよい暖かい家族でうれしく思います。あゆみの家族はとても親切だったので私は快適に過ごしました。あゆみとその家族と一緒に私はすばらしいそしてうれしい時間をすごしました。私はホームステイをしたことを感謝しています。

1日だけのホームステイ — R. S.

我が家は Максим Сазонов さんを 1 日だけであるが受けいれた。受け入れ前には期待に入り混じって多くの不安があった、日本語がどれくらい通じるのかということや、日本の風呂や寝具が身体に合うかどうか、特に私の家族は食事について心配していた。現代のロシア人の食事のことに関する知識が全くなかった私にとっても、たしかに不安であった。しかし、ホームステイ当日、果物にしても、パンにしても快く食べてくれる Максим さんを見て、家族ともども安心することとなった。二人で話し合った時間は実質一晩だけだが、ロシアについて文面からは得られない知識が得られた。「日本に来て驚いたのはセミの大きさだ」と彼は言っていたけれど、こういったことは日本にいてロシア語を学んでいるだけでは絶対に気がつかない。さらには、ロシアと日本の交通システムについて、あるいはテレビ番組について、と話は広がっていった。文学については多く語り合った。私がロシアの小説家ドストエフスキーを愛するように、彼もまた日本の歌人西行を好んでいた。日本人でも西行の著作を読んだことがある人は少ないであろう。私も、『山家集』という作品名は聞いたことがあったものの、内容についてはほとんど知らなかった。ドストエフスキーはロシア国民の間でも有名な作家であるが、西行は日本国内ではそれほど名の知られていない人物である。たまたま読む機会があったらしいが、外国にいながらもそのような人物に興味を持ち、是非、日本語で作品を読んでみたいと熱心に言う彼に心を打たれた。得てして自国の文化を理解することは難しいことである、私はこの企画でロシアの文化を知る以前に、西行など、日本の文化を再発見することになった。交流会の活動は、相手国の文化を受け止め、自国の文化を発信するということに尽きるであろう。そうした対話の中から、お互いの関係がよりよいものへと発展していくのである。ホームステイとしては 1 日だけだったが、Максим さんと私との出会いが日露関係発展の一端となることを願って止まない。

T. S.

ホームステイの準備に何をしたらいいのかもわからなかったが、母がほとんどやってくれたおかげで成功させることができた。最初はマキシム、ジェーニャ、ユーリャの 3 人だったので、むしろロシアの学生寮にいるような感じだった。お土産も三人から頂き、テーブルからあふれるほどだったので、さらにロシアっぽさが増していた。加えて 23 日はノボシの OG で札幌のイーラさんと東京のレーナもステイしたので、家の中はほとんどロシアだった。たくさんの学生と話したことで家族もいろいろロシアについて知ることができた。ステイ中、家では一緒にテレビを見ることが多かったので、日本のテレビはバラエティやお笑いが多いと話したりした。またロシアではビールなど酒の CM は夜しか流せないそうだ。ほとんどいつも夜は疲れて寝てしまった。朝食はあまり時間がなかったのが残念だったが家族も交えて、いろいろ話すことができた。ジェーニャの日本語はどんどん上達していくようで、はじめは英語や少しロシア語で話したが後半はほとんど日本語で話していたのには驚いた。私のロシア語も少しは上達したと思う。

M. S.

8 月 14 日からの約 2 週間、ロシア人と一つ屋根の下であった。相手はロシア語時々英語 (ペラペラである)・少々の日本語、こちらは頑張ったロシア語 (当然、必ず通じるというわけではない)・受験以来忘れかけの英語・簡単な日本語・・・という、言語コミュニケーションがすこぶる取りにくい状態の中、一つ屋根の下生活は当然困難を極めた。私は独り暮らしであるため、ワンルームでの二人暮らし。プライバシーがどうのどころの話ではない。それは企画当初かなり不安であったが、それは相手も同じこと。女の子とはいえ仮にも行った事もない得体の知れない国の人間といきなり同棲生活をするなど、ロシア人は何ともアグレッシブな心構えではないか、これからの対ロシア志向者にはこれぐらいのアグレッジブさが必要なのだ、などと思い、企画に乗ることにした。

互いに相手国の言語を勉強してはいてもその言語を流暢に話すことができない、ということは私達にとって幸運であったと思う。私達は、今回の一つ屋根の下状態は語学力向上の絶好の機会であるととらえ、ロシア語だけの時間・日本語だけの時間というのを設けることにした。更に『通じない箇所を補う言語は英語のみ可』と決めた。するとさすがプライバシーゼロの空間、互いにかなり語学力を向上させることができた。教科書には載っていない表現を、使用状況と共に体で覚えることができた。お互い話好きであったことも向上を手伝った。精神的にお互い疲弊し、もはや搾り出しても言葉が一滴も出ないという状態に陥り黙り込むということもあったが、それはそれで互いに干渉し合わない時間であったため、互いにプライベートの時間として利用されていたので結果的に全く気まずくはなかった。言うまでもなく、二人ともポジティブシンキングであった。

文化の違い、ということに関して言えば、二人暮らしをしていてそこまで激しいカルチャーショックは無かったし、相手もなかったように思う。町に出ればヨドバシカメラの大きさやバスの発車時刻のきっちりさ等、当然日本とロシアの違いを感じるとは思うが、二人で暮らし、向き合っていると、それはもはや『日本人とロシア人』という関係ではなかった。『一個人と一個人』の関わり合いであったのだ。日本ではこうだロシアではこうだという話にはすぐに飽き (こういう話には意外に発展性が無い)、人生と愛と若者について夜更けまで語りあったこともあった。『個人と個人との係わり合い』の中で感じたのはカルチャーショックやギャップではなく、むしろ人間というものの普遍性であった。思い悩むテーマは日本人でもロシア人でも共通であり、友人を想う感情や、真摯な態度には感銘をうけることもまた共通していると心から感じた瞬間であった。

宗教的理由や慣習的・風土的理由から、互いに絶対に理解し合えないことというのが世界には必ず存在すると私は思っている。だが、言語的コミュニケーションが取りにくい中でさえも理解し合えることもあるのだ。なんとも救われるではないか!そんなことを体感できた 2 週間であった。シンプルなことであるように思えるが、ホームステイにおける必要かつ十分な収穫であったと私は思っている。