オンライン報告書 - 2008 年 訪日企画 - ホームステイ感想 2

ビクトリヤ・ジュラブリョバ

At first I stayed with Miyu and her mother. They live in Yokohama, so we spent a lot of time in subway, but during these trips we talked a lot, exchanged our languages. Miyu's mother is a teacher of English, so it was easy to communicate. On the first day we went to a Japanese café, where I tasted tempura and was taught how to use chopsticks. To tell the truth, we had little time to spend together, because we spent three days in the Olympic Center and on other days we returned home late in the evenings. But even this time was enough to became friends. Thanks to Miyu and her mother, hope to see them again.

まず私は美佑と彼女のお母さんと暮らした。彼らは横浜に住んでいるので私たちは地下鉄で多くの時間を費やした。しかしこれらの旅の間、私たちはたくさん話し、言語を交換した。美佑のお母さんは英語教師なのでコミュニケーションをとるのは簡単だった。初日、私たちは日本のカフェへ行き、そこで私はてんぷらを味わい、箸の使い方を教わった。実際、私たちはほとんど一緒に過ごす時間がなかった。なぜなら私たちはオリンピックセンターで 3 日間過ごし、他の日々は私たちは夜遅くに家へ帰ったからである。しかしこの時間でさえ、私たちが友達になるには十分だった。美佑と彼女のお母さんにありがとう。また彼らに会いたい。

S. Y.

スターシャとは 5 月からメールでのやり取りをしたり、電話をしていたので、特に不安はなかった。ただ、うちがホームステイを受け入れるのは初めてのことで、自分より、両親・姉のことが心配だった。そしてうちの犬と猫もなついてくれるか心配だった。

スターシャの日本語はとても上手 (上手っていうかもはや日本人レベル) で、両親も想像以上の日本語のレベルにとても驚いていた。英語も使うこともなく、みんな日本語で会話ができていて、母親も安心して話していた。家族のテンションも上がっているようで、スターシャが来た当日は手巻き寿司・酒のオンパレードでとても楽しかった。こんなに元気な母親はひさしぶりに見たと思う (笑) そして、日本に来る前には、スターシャは「敬語が苦手」と言っていたが、敬語もうまく使えていて、スターシャの日本語には本当に感心した。うちの父親も初のホームステイを受け入れることもあって、嬉しくて、ものすごいスターシャに話しかけていた。スターシャが少し困っていたのを、ずっと観察していた (笑)

スターシャはデザイン・建築系の仕事に就きたいということもあって、父もデザインの仕事をしているので、よく話を聞いていた。

他の日にはスターシャがロシア料理を作ってくれて (ジャガイモのピューレ・豚肉と玉子の炒め物・サラダなど)、すごく美味しくて感動した。自分は普段、一人暮らしなので、スターシャが「慧は野菜が足りないでしょね」と言って大量のサラダを作ってくれたことにもとても嬉しかった。もちろん全部食べた (2 日にわたって)。そして、ロシアは甘い食べ物が有名だということで、甘いソーセージを作ってくれた。他の日本人メンバーにも分けたがとてもおいしかった。日本にはないお菓子でカルチャーショックなおいしさだった。

しかし、スターシャは日本とロシアの砂糖は違う。といって、出来に満足していなかったみたい。ロシアの砂糖はもっと甘いらしい。。でも最高においしくて、未だに冷蔵庫に保存してある。

スターシャは日本のことを愛していて、日本語はもう何年も勉強しているのに、訪日は初めてだった。訪日企画や大阪・京都・奈良に行ったときに、日本の風景や、和食にとても感動してくれていた。日本人との旅行なら気付かないポイントも気づいていて、自分は京都に何回も行ったことがあるが、スターシャと行くと、また新鮮でとても楽しめた。

訪日の最中にずっと、彼女は「ロシアに戻りたくない。日本が私の居場所。」と言っていた。

この言葉が日本人の自分としても、とても心に染みた。そして、「日本はお店や、サービス、車内のエアコンがしっかりしていてすごい快適。」とも言っていた。

スターシャは 2 週間も過ごして、すっかり日本に馴染んでいた。将来、スターシャは恐らく日本で住むことになるだろう。スターシャと過ごしていると、日本語を話してくれるし、とても安心して過ごせた。ホームステイ受け入れという立場だが、リラックスしてしまった。普段、自分の家で過ごすのと変わらない自分でスターシャに接することができて、スターシャもそれを受け入れてくれた。成田空港でのお別れがすごいさみしくて泣いてしまった。。2 週間の夢みたいな日々が涙で現実に戻ったみたいだった。

21 年間で最高の夏だった。しかし、スターシャの作ってくれるおいしい料理で体重が増えたのは秘密である。

アナスタシア・シュストバ

私が泊まった家族は山下の家族でした。初めて、日本の家族で住んで、毎日の生活を見て参加しました。とても面白くて楽しかったです。

山下家族は 4 人です。お父さん、お母さん、お姉さんと弟の慧さんです。そして二匹のペットもいて、犬と猫です。家のとても近くにお祖父さんとお祖母さんが住んでいます。珍しいかもしれないけれど、お祖父さんのお宅に一匹のポニーがいます!!

とてもかわいくて、小さくて白いポニーがいます。。あんまり何も喋れなくても、頭脳は頭がいいみたいでした。^^

山下お宅は広くてステキなと思いますョ!家の周りの庭はきれいなんです!!!お父さんはデザイナーとして仕事しています。あたしも将来にデザイナーになると思って、お父さんとたくさん色々な面白い話しました!!お母さんはとても優しいお母さんですよ。毎朝朝ごはんをゴチソウさせていただきまして、とても感謝してます^^お姉さんと慧さんは大学生です。お姉さんは国際関係ある専門に勉強していますから、あたしの専門と近くですから、色々話してみました・・・!

山下慧さんはロシアにとても興味を持っていますから、お互いに興味ある国についてたくさん教えました!!とても面白かったです!!!!いい仲良しになりました!

山下家族の犬ちゃんの名前はムーミンです。とても大きくて、フワーフワの犬ちゃんです。夜の時だけ自分の犬の House から家に入られました。みんなはそのときに一つの部屋で集まって、ムーミンと遊びました。猫のほうはあんまり分からなくて、いつも回りのことを無視していると思いました。猫の名前はアトムです。でもいつみんな食堂で夕ご飯を食べるつもりに集まって、アトムはいつもテーブルの下で自分の夕ご飯を待っていました。

その Family で日本で住んでいまして、とてもうれしいです!!また、いつか、必ずこの優しくてかっこいい家族と出会うと思います!!!!

ナタリア・セルピコバ

日ロと言う学生交換企画のおかげで私は香さんと絢子さんの二つの家庭に泊まれた。実は私が日本に来てから 4 ヶ月もたったのに、今までにホームステイを一度も体験する機会がなかった。初めてやっている事はいつも何となく面白いのではないかと思う。でも、今年のホームステイ時間は普通より楽しかった。なぜかというと、私を泊めてくれた家族はとても親切で、心が暖かい人だったためである。

香さんの家に初めて入ってから、香さんのお祖母さんの心をこめた「どうぞ」を聞いて、気持ちがよかった。香さんのご家族の方々、最初から最後まで親切してくれて、本当にありがとうございました。

絢子さんの家族は、絢子さんを入れて 4 人だけど、会えたのはお母さんと妹さんであった。お父さんに会えなくて、残念だけど、4 人でおしゃべりするのはたのしかった。日本の文化などについていろいろ説明してくれて、心から感謝しています。

二つの家庭のおかげで日本の日常生活についてもっと詳しくなったり、日本の文化などに触れたりできて、嬉しい。可能ならば、一緒に過ごした時間を何回も繰り返したいくらいだ。

K. Y.

我が家は日頃お客さんを迎えることが少なく、ましてや約 3 週間もホームステイを受け入れるなどというのは勿論初めてだったので緊張していた。しかし、家族みんなが私が去年お世話になった人たちが来る、とのことで大いに協力してくれたおかげで無事に受け入れを終わらせることができた。今回受け入れてみたことではじめてわかる苦労もあったので、去年顔も知らない日本人の私を受け入れてくれたことがどれだけ大変だったのか、私にストレスを感じさせなかったロシア側の心配りに改めて気付かされた。今回来られなかったターニャ、マーシャもいつかぜひうちに遊びに来てほしい。家族には本当に感謝している。

ことばの壁についてはナターシャもマリーナも私より語学力が高かったので、日本語で直接家族とコミュニケーションをとれていた。話好きの母はいろいろなことについて話し、現在ひとり暮らしをしているナターシャは料理の作り方をたずねたり、マリーナにリャザンについて教えてもらったりしていた。二人ともしっかりしているので、はっとさせられることもしばしばだった。父と弟も不慣れながらもロシアについて尋ねたり、特に不安だった祖父母もマリーナとナターシャを大歓迎してくれた。

お風呂は日本文化なのでぜひ体験してほしいと思ったが、シャワーしか使わなかったようなので少し残念だった。食事は日本らしいものを母に工夫して作ってもらい、私もいつも以上に「日本らしい」生活をした。連日の企画に疲れながらも、祖父母宅に行ってお茶をしたり、高校の友人も交えて遊んだりと多面的な日本というものを感じてもらえたのではないかと思っている。また我が家も今回の貴重な経験を通して、学んだことが決して少なくはなかった。

アンナ・エフトゥシェンコ

あの二週間とちょっと、15 日はあ...という間にたってしまって、頭にはいい思い出しか残っていません。私は日本では一人暮らしの生活と家族と一緒の生活を味わう可能性があって、良かったです。

最初、石井麻容子さんと暮らして、朝日町は自分のうちになって、引っ越してからあの所を通りかかったたびに、懐かしい気持ちになりました。窓の近く、毎日という毎日、蝉が鳴いてて、私の心がとろえるほどの音でした。麻容子さんのアパートは住み心地のいいところで、寝ていた布団は便利で、夢さえ見なかったほど良く眠れましたね。毎日夜に帰っても、歴史とか文化の違いと似ているところについて話さないとはいけませんでした。面白い話ができて、本当に文化交換になりました。麻容子さんは世話になって、母と同じように、私は疲れないようにとか、お腹がすいてないようにとか、気をつけてくれました。私は願った通り、色々和菓子などを買ってくれて、おいしかったですね。いつでも忘れられません。

あと一週間ぐらい宗石絢子さんのご家族と暮らしていて、自分を三人の娘として感じるようになって、ロシアに本当に帰りたくなってしまいました。お母さんは毎日「行ってらっしゃい」とか、「お帰りなさい」とか、言ってくれたり、色々な料理を作ってくれたり、洗濯さえしてくれたり、お風呂を暖めてくれたりして、「自分のお母さんじゃないかな」と私はしめじめ感じるようになりました。お父さんはずっと職場の町に住んでいても、祝日を一緒に過ごしたこともあります。お父さんは休む時間さえあまりなくても、私を家の近くにあるお寺、深大寺に車で連れて行ってくれて、一緒にあの素晴らしいところを歩いて行きました。よく家族揃って、もんじゃ焼きなどを一緒に作って、もっと親しくなりました。その料理はおいしかっただけではなく、心一つずつを結ばせた料理でした。本当に食べる楽しみどころか、見る楽しみ、話し合う楽しみだというわけです。ある朝、ブリニさえ一緒に作ってみて、すごかったですね。初めて、皆日本でロシア料理を自分で作ったわけです。私の日本の宗石家族によろしくね。ロシアでは寂しい一人っ子、私、宗石家族に二人の妹さえいて、私の夢が現実のものとなってきました。

宗石家族と麻衣子ちゃんのおかげで、日本は二つの故郷になりました。ありがとうございました。

M. I.

私は今回の企画は前半のみ参加し、アーニャをホームステイに受け入れた。交流企画が毎日綿密に計画されていたので家で何かをするということはほとんどなかったのだが、ファミリーデーの日にはアーニャの大学の恩師に会うことができた。その先生には 1 年間日本語を教えていただいていたらしく、先生と会うことが決まってからは嬉しそうにずっとその先生の授業の素晴らしさやエピソードを話してくれた。私もアーニャと一緒に先生に会わせてもらったのだが、日本人の私でも日本語に興味を持つような話をたくさんしてもらい、アーニャと一緒に私も先生のお話に聞き入っていた。

それまで日本に一度も来たことがなかったアーニャがあれ程にも上手に日本語をしゃべっていたのは、この先生のように楽しく、それでいて日本語の核をしっかりと学生につかませてくれるような授業を受けてきたからだろう。もちろんアーニャ本人の努力は地道で、たゆまぬものだったに違いない。だが、こうした記憶に残る授業のおかげでアーニャの日本語・日本に対するモチベーションが保たれてきたのも大きいだろう。

アーニャとは日本で会う前からメールで連絡をしていたので彼女の日本語の素晴らしさは分かっていたが、アーニャは日本の文化にも大変興味を持っており、日本人の私が恥ずかしい思いをすることも稀ではなかった。アーニャは日本の貴族の知的遊びに興味があったらしく、東京国立博物館に行った際も、2 人でたっぷり時間を掛けて館内の隅から隅まで見て回った。「鎖帷子って何で鎖帷子っていうの?」「昔の絵の女性はみんな何であのような顔をしているの?」アーニャからいろんな質問をもらい、拙いながら答えを返す。今思い返すと、とてもミクロではあるがれっきとした文化交流が出来ていた。こうした小さな交流が次へとつながる大きな土台になるのではないか、とアーニャからもらった白樺の小箱を見ながら思った。

S. K.

我が家でホームステイを受け入れることになるとは思いもしなかった。私は以前からホームステイ受け入れに興味を持っていたが、両親に反対され続けていた。しかし今回、私の大大大好きなロシア人が来るということで両親も理解をしてくれたようだった。そんな我が家の初めてのゲストはジェーニャだった。初日の夜、祖父母を招いて我が家で手巻き寿司パーティーをしたのだが、これは本当に楽しかった。最初はあんなにホームステイに反対していた家族が一生懸命ジェーニャと話をしようとしている姿を見るのもとてもうれしかったし、ジェーニャがとても上手な日本語ですらすら話すのを見て、このホームステイは成功するだろうと確信することができた。ジェーニャは本当に優しく穏やかな子で、いつも電車で私が眠りそうになっているのを見ると「つかれた?」「大丈夫?」と声をかけてくれたり、偶然目が合うとニコッとかわいい笑顔で笑いかけてくれたり、家でも何かと気をつかってくれたりどっちがホストシスターなのかわからないくらいであった。また母が作ったごはんいつもたくさん食べ、気に入ったものには「おいしい」と大絶賛してくれる。普段早寝の父もジェーニャと話したいがために夜遅くまで起きて私たちの帰りを待っていたりと、私の両親は本当にジェーニャが大好きであった。ホストチェンジの日、ジェーニャと私の母は号泣で別れを言い合い、それを見たときジェーニャと 1 週間一緒に暮らせたことは私にとっても家族にとっても生涯の思い出になったと強く思った。最初はまったくの他人であったジェーニャと 1 週間一緒に過ごしたことで、今ではとても大切な友達となり、ロシアのことを何でも教えてくれる先生でもあり、やさしいお姉さんともなった。最後の日、ジェーニャがとても気に入っていていつもつけていたかわいい指輪を突然私にプレゼントしてくれた。私もこの指輪をとても気に入っていたので本当にうれしくて感動した。ジェーニャがロシアに帰ってしまった今でもこの指輪を見ていつも彼女のことを思い出す。本当にジェーニャが我が家に来てくれてよかった。来年是非リャザンに会いに行きたいと思う。

前半のジェーニャに変わり、今度はヴィーカが我が家にやって来た。ヴィーカとは事前にメールですでにたくさん話をしていたのでお互いのことが大体わかっていた。そのためかホストチェンジしたときからもう昔から知り合いだったかのようで、お互いリラックスして付き合うことができた。しかし訪日企画も後半にさしかかり、ロシア人日本人ともに疲れやストレスが見え始め、さらに私が風邪をひき、その中ですべての希望に叶えてあげることはとても大変だった。実際ほぼすべての希望を叶えてあげることができたが、今思えば時にはホストとして、だめなものはだめと、もっとはっきりこちらの意見を言ってもよかったのではないかと反省している。また毎日ハードスケジュールが続いたため、ほとんど家族と顔を合わせる時間がなかったことが少し残念だった。しかし全体としてはとても楽しく、今ではもうヴィーカの不思議ちゃん行為 (かさの柄を電車の吊革にひっかけるのが趣味など・・) を見ることができないと思うととても淋しく感じる。今回ヴィーカが持参した写真を一緒に眺めながら、「これは何?」と尋ねると「来年リャザンに来たら教えるから」とニヤッとしながら答えられたものがいくつかあるので、その解答を聞くためにも来年は絶対にリャザンにヴィーカに会いに行こうと思う。