オンライン報告書 - 2006 年訪日企画 - ディスカッション
テーマ「宗教」
はじめに
今現在、宗教というテーマはそれぞれ個々人の信仰に深く関ってくることなので、ディスカッションをするには色々な注意が考えられたが、お互いの国についての宗教観の違いや世界に対する宗教の捉え方などを深く考えることもこの企画の目玉の一つだとも感じました。日本人は他の国に比べて無宗教といわれていますがそのことについてロシア人はどう思うのか。またロシア人の信仰心に対して日本人からはどう思うのか。など、非常に興味深いものが感じられます。また今現在世界の中にある宗教問題などは両国の学生の目線から見てどのように感じられるのか、などをディスカッションで議論しました。
レジュメ・まとめ
- 日本ロシア間の宗教
- 相違点...両国の意見交換
- マイノリティー宗教など
- <ロシア>
- やはりロシア正教が大多数だが、ユダヤ教やイスラム教の信者も多い。
- <日本>
- 神道が日本古来の信仰ではあるが、日本人はあまり意識していない。
- 信仰の度合い
- <ロシア>
- 神は心の中に秘めているもの。あまり口外したくない。秘密。
- <日本>
- 結婚式や葬式など、何かしらの宗教の形式にそって行うが、だからと言って心から信じていない場合が多い。
- お寺や神社などの宗教的建築物も、日本人にとっては信仰の対象としてではなく、興味深い観光名所の一種である。
- 他宗教への改宗 (国際結婚など)
- <ロシア>
- 基本的に生まれた時から宗教が決まっている (日・ロ)
- ムスリムに改宗した人もいるが、これは珍しいこと。
- <日本>
- 国際結婚をする際、違う宗教のままでもいい。しかし、もし改宗するのであれば、ムスリムへの改宗は、規律上難しいかもしれない。
- 精神的には無宗教だから、改宗という意識はない。
- 国際結婚したときに宗教を持たなければいけないなら、それは可能だが、それによって今までの習慣や食生活が規制されたりするのは嫌だ。
- 個人の宗教に他人が改宗してもらいたいか?
- 違う宗教でもそれほど問題ではない
- 相違点...両国の意見交換
- 近現代の宗教問題
- 風刺画問題
- イスラム諸国とヨーロッパ圏の宗教観
- 風刺画問題は、ムスリムの人間性と表現の自由の矛盾が問題。
- イスラム諸国とヨーロッパ圏の宗教観
- ダヴィンチ・コード
- 映画・本の感想
- <ロシア>
- おもしろい読み物だが、ただのスキャンダルであり、特に本を売るためによくできたスキャンダルである。この本は宗教書ではないので信じる必要は無いし、むしろキリスト教徒がデモを起こすなどして怒りを表明することへの驚きがある。
- <日本>
- 宗教関係の書物にしては、非常に流行になった。ただ、周知のように日本人は無宗教徒なので、キリスト教に関して深い知識の無い人が読めば、この本に書かれた情報を鵜呑みにしてしまう危険性がある。
- キリスト教会はどのように対処すべきか
- <ロシア>
- 教会は何も対処する必要はない。何もしないほうが懸命。もし何かしらの対応をすれば、このスキャンダルを事実として受け入れてしまうことになるかもしれない。
- ダヴィンチ・コードを踏まえて、あなたにとってのイエスとは
- <ロシア>
- やはり自身にとってのイエスは何も変わらない。そういったスキャンダルで揺らぐような信仰ではない。
- 映画・本の感想
- 風刺画問題
ディスカッションの感想
宗教は個人の信仰や内面に関わるものなので扱いづらいテーマだと思っていたが、良い意味で期待を裏切られるような意見や予想外の展開があった。特に印象に残ったのは、『ダヴィンチ・コード』について意見を交わし合った時にロシアメンバーの多くがそれをあくまで物語として評価していて、そこに書かれていることがキリスト教史と矛盾するか否かといった見方はしていなかったことだ。実際にロシアでも同小説や映画に関して反動はあったものの西欧カトリック諸国に比べればそれ程でもなかったらしい。一般的にキリスト教の知識や理解に乏しい日本人にとって、小説や映画が「これがキリスト教の真実なのか」的な話題にもなっていることについてもロシア人は驚いていた。正直、準備と与えられた時間に限りがあって充分に話し合えたとはいえないけれど、それでもたくさんの驚きがあって面白かった。
宗教というテーマは日本人にとって意見の出しにくい問題であったかもしれない。日本人で宗教について自分の意見を述べられる人はほとんどいなかった。それに対してロシア人は自分の意見をきちんと述べていた。意外だったのは、イエス=キリストに対する考えだった。支える力、正義などの大いなるものを示す単なる象徴であると考えている人たちが多くいた。極端な話、宗教のすべての神を統一し、世界がひとつになればという意見も出た。これに私はとても驚いた。自分がキリスト教などの宗教にかなり疎いので、いくらかの偏見を持っていた。情報はきちんと手に入れなければ恐ろしいと感じた。違う意見の人たちとディスカッションするということは大いに意義のあるものだと思った。