オンライン報告書 - 2005 年訪ロ企画 - 訪ロを終えて
Большое спасибо!
上智大学 1 年 Y. U.
言葉も習慣も街を行き交う人々の外見も、気候も窓から見える風景も何もかもが違う。そのようなものたちに囲まれた生活を送ることに、まったく不安がなかったわけではない。しかしその不安を吹き飛ばすくらいの、何とかなるさ!という根拠のない自信とそこで私を待ち受けているものへの強い興味が、私にはあった。絶対これからの3週間は私にとって一生かけがえのないものになる、そんな予感がした。
そして、結果的にその予感は的中した。言葉や文化の壁を乗り越えて私達は理解しあえたし、ロシアの景色や慣習にふれることができたからだ。日本の街中では普段目にしないキリル文字に埋め尽くされた街を散歩することに胸を躍らせ、どちらからどちらへ流れているのかわからないほどゆったりとした川の流れや地球が丸いことを実感させてくれる広大な大地に驚嘆したりした。そして何より、人は言葉のみに頼らずとも相手を理解できると身をもって感じることができて嬉しかったのだった。
しかし、私は忘れてはならない。私のこの満足感の影にはたくさんの気遣いがあったことを。私をホームステイさせてくれたターニャやナスチャはもちろん、その家族の人達。異文化でしかも甘やかされて過保護に育った私と生活する上で何かしら驚いたりすることもあったろうに、イヤな顔一つせず私を温かく迎えてくれたし、ターニャやナスチャはいつも私の体調や身の回りのことに気遣ってくれたり、私が家の中で楽しく過ごせるよういろいろ考えてくれたりもした。
また、毎日日本人がロシアの文化にたくさん触れることができるように、いろいろな企画を考えてくれた他のロシア人メンバー達にも感謝!他の日本人もとても心強いメンバーで、一緒に訪ロを経験することができてよかった!そして、どうしても今年ロシアに行きたいという私を戸惑いながらも送り出してくれた両親に大感謝!!
この訪ロ企画では、母語や母語でない言語での会話を通して、相手を思いやるということについて考えさせられた。自分の言いたいことを話しているだけでは、会話は成り立たない。例え日本語を母語とする人同士が日本語で会話するときでさえ、相手の言いたいことに耳を傾けるのは必要不可欠である。それが相手または自分にとって母語でない言語や、両者にとって母語でない言語で会話をする場合はなおさらである。相手と自分の置かれている状況や相手の性格や考え方など、様々な手がかりをもとに相手の言いたいことを理解し、相手を思いやることが重要となってくる。
例えば、私はときどき少しの単語とジェスチャーだけで家族と会話することができた。それは家族が想像力を働かせて私の意図することをくんでくれたのだと思う。相手のことを考えて相手の言いたいことを想像することは、しばしば言葉の壁をも乗り越える大きな力となってくれるのだ。そのことはもともと、頭の中ではわかっているつもりでいた。しかし、ロシアという異国の地に行って英語も話せるロシア人や日本語も話せるロシア人、母語のみ話すロシア人、いろいろな人に出会ってこのことを改めて実感し、単なる頭の中の理論ではなく自分の本物の経験にすることができたように思う。
このように、初めての海外で、また初めてのロシアへの旅であった今回の企画は最初の予感通り私にとってかけがえのないものとなった。この経験によって私のロシアへの関心はさらに強いものとなったのは言うまでもないが、この経験をバネにロシアの知識をより深め、ロシア語力を磨いていきたい。そして、この企画で出会ったすべての人への感謝の気持ちを忘れないようにしたいと思う。Большое спасибо!
勉強しなきゃ
青山学院大学 1 年 E. H.
今回の訪ロに参加できたことは自分にとって非常に良い経験となった。自分は第 2 外国語としてしかロシア語を勉強していないため、またロシアについての知識もあまり豊富ではないため不安も多かったが、それ以上に訪ロ前がとてつもなく忙しかったのでたいした不安もなく訪ロ迎えてしまった。プログラムの最初の方こそコミュニケーションがうまくいかないこともあったがそれでも失敗を糧にしてどんどん上達していった (と思う)。
リャザンとノヴォシビルスクの両都市のホームステイを経験して自分なり感じ取ったものは、外国語は勉強しておいてまったくの損はないという事。これは普段から勉強しておくと役にたつことうけあいだ。なぜなら人間は普段から使っていないと忘れてしまうからだ。自分もリャザンではうまく英語の会話のやりとりもできていたはずだったがノヴォシビルスクで日本語にどっぷり浸かってしまいモスクワで再びリャザンのメンバーと会ったときにはきれいさっぱりとコミュニケーション取れなくなっていた。このことによりちょっとしたトラブルにも発展してしまいロシア人にいらぬ誤解を与えてしまったことが悔やまれてしかたない。
そんなこともあったりして色々とためにもなり楽しかった今回のプログラムだったが、やはり自分の意志をうまく相手に伝えられないのはなんとも歯がゆいものでありつらいことでもあるのでこれから必死に勉強しないといけないと考えさせられる旅でした。それと今回のプログラムに参加が可能だったのも西野さんの粘り強い交渉のおかげです。入ってきたばかりの自分のために色々とありがとうございました。
スパシーバ!ロシア
東京外国語大学 1 年 S. M.
ロシアではよく、なぜあなたはロシア語を勉強しようと思ったのですか? と尋ねられました。私はあいまいな答えしか持ち合わせておらず、恥ずかしい限りでした。しかしロシア人メンバーに逆に日本語を学び始めた理由を聞いてみると、通訳者・翻訳家になるため、将来日本企業に就職するため、とみな口を揃えて言いました。ロシアの人たちはおとなでした。ロシアの学生と交流して見えたのは自分の甘さでした。ロシアを知り、同時に日本と自分の姿を以前とは違う視点から、はっきりと見るようになりました。
ところでロシアで一番頻繁に使った言葉は"スパシーバ"でした。リャザンのカーチャは、私がスパシーバと言う様子をものまねしてくれました。髪の毛を振り乱すほどに激しく首を縦に振っておじぎをしながら、スパシーバ!!!と言うのです。赤面しました。でも日本に帰って、どうもー と言いながらおじぎをしている自分に気がついたのでした。