オンライン報告書 - 2004 年訪日企画 - 訪日を終えて

濃い二週間を終えて

国際基督教大学 2 年 K. K.

あまりに色々なことが起こった 2 週間だったので、何かまとまりのある感想というものにはなりそうもない。毎日何かしら企画があり、楽しい観光もあればまじめな企業訪問もあるし、ともかく何をするにもロシア人メンバーと一緒であるということが新鮮だった。

ロシア人たちが来る前は、「ロシア人」に対してどうしようなどと「対ロシア」という感じで構えていた。けれど、実際にやって来たのは、当たり前ながら皆それぞれに個性をもった、「ロシア人」という背景を持ちつつも普通の女の子たちだった。このような感覚は生身の交流がなければ決して味わえないと思う。

難しかったのはやはり言語のことだろうか。日本人のロシア語のレベルもロシア人の日本語のレベルも人それぞれで、ディスカッションの時など、言語の壁を感じることはあった。けれど、オリセン合宿での共同作業や日常会話を通して分ったのは、がんばれば何とか通じるし、拙いながらも頭をひねってお互いの言語を使って話してみるのは良いということだ。

また、今回ロシア語を話すことができずに歯がゆい思いをしたことが、私にとってはこれからロシア語をもっと身に付けたいというモチベーションにつながったという利点もあった。でも結局は言葉が通じるかよりももっと広い意味で意思疎通することが交流の要なのではないだろうか。

ロシア人メンバーも日本人メンバーも、お互いの国に興味をもって生身の交流をしたいという共通の願いをもっていることがひしひしと感じられ、幸せな時を過ごすことができた。

ロシアンビューティーズよ、ご機嫌よう。

上智大学 3 年 Y. S.

あっという間の 10 日間であった。文字どおり本当にあっという間に過ぎたように思う。今年の春から日ロに入会した自分にとって、この訪日企画はまったく未知の存在であり、「期待と不安が入り混じって」というよりは「不安に支配されて」訪日企画の初日 8 月 6 日を迎えたというのが正直なところであった。

しかしひとたび始まってしまえば、毎日が一生懸命で、細かい不安ごとなど意識している暇はなかった。ロシア留学帰りで他人よりも多少言葉が堪能な身であることから、全体の意見を聞いたり全体をまとめたりという役をさせてもらうことがあったが、そういった経験は今までほとんどなかったため、思うように指示が出せなかったりあるいは聞いてもらえなかったりで苛立つこともたびたびあった。

しかし、訪日企画が無事に終了して今こうしてゆっくりと思い返してみると、頭に浮かんでくるのはいい思い出ばかりである。バーベキュー、ボーリング&カラオケ、花火、鎌倉散策、都内散策、フェアウェルはもちろん、あのストレスも疲労も今ではすべて肯定的に受け止めることができる。

訪日中つらい場面に遭遇した際、「あとで必ずよい思い出になるから」と弱気な自分を一蹴し最後までやり通すことに努めたが、今、あの確信がやはり本物であったこと、努力が報われたことを思うと、今回企画に参加したことが自分にとって大変意義深いものであったと改めて感じる。

一度きりの自分の人生でこの夏を体験できたことを幸せに思う。企画の存在自体に、そして幹事長をはじめ日ロのみなさまに、ロシアンビューティーたちに感謝。

知ではロシアは解らない

東京外国語大学 2 年 A. F.

気が付いてみると 2 週間はあっという間に過ぎてしまっていた。思えばこの短い期間に様々な出来事があった。大学に入学し日ロに参加して 2 年目を迎えるが、私は昨年の訪ロ企画に参加していない。その意味では、今回の企画に一年生として参加するに近かったかもしれない。私にとっては初対面のロシア人学生も、去年の訪ロメンバーにとっては久しぶりの再会を果たしていることになるわけである。

私が心配していたのは、この訪日企画が、単なる再会企画になってしまうことであった。特に今年から当会メンバーに加わった学生たちがロシア人学生との交流に苦労しはしないかと、企画中自分なりに気を遣っているつもりではあった。しかし、そのような心配はまったく無用であったということが分かった。

私も十分にロシア人学生と言葉を交わすことができたし、また新入生もよく交流できていたようだった。今年の一月から約半年以上にわたって準備をしてきたことを考えると、ロシア人学生の楽しそうな笑顔を見るのは格別に嬉しかったが、同様に日本人メンバーが楽しそうにしているのを見ると、本当に今までやってきて良かったと感じずにはいられなかった。

企画中はロシア人学生と一緒に様々な場所を訪れ、課題に取り組むのだが、自分が知っている表現・言葉はなかなか上手くは使えない。それでも企画の前半は奮闘するのだが、そのうち日本人もロシア人も疲れてくるとお互いの言葉で話すのが面倒になってくるし、用意しておいた言葉・構文も底を突いてしまう。

しかし、日によってはそこに救世主が現れることがある。パーティ、あるいはお酒の席である。そのような状況下ではロシア人側からあっと驚くような話が飛び出すこともしばしばであるし、思わぬ人の思わぬ一面が垣間見えることもある。また自分でもどういうわけか、いつもよりスラスラとロシア語が口をついて出てくるし、話の種がどんどん湧いて出てくるような気がしてくる。なぜかはわからないが、ひょっとしてこの大きな謎をテーマにして論文が書けるかもしれない。

チュッチェフ (Ф.Тютчев) の詩に、

Умом Россию не понять,
Аршином общим не измерить:
У ней особенная стать-
В Россию можно только верить.

知にてロシアは解し得ず
並みの尺では測り得ぬ
そはおのれの丈を持てばなり
ロシアはひたぶるに信ずるのみ

というものがあるが、まさにこの詩を思い出すのに適した場面が今回の企画中にはあっただろう。ロシア人と付き合うには、時には上手い具合に「知」の部分を麻痺させることが必要であるのだ。(もちろんさせすぎは禁物である。注意を心掛けたい。)

このように、いささか窮屈だった気もする企画全体のスケジュールに、適度にリフレッシュできる機会があったことも無事に企画を終えることができた要因の一つだろう。もちろん嫌な思いをしたことも時にはあった。しかし今思えば、かえってその方が非常に多角的な交流をできたと感じるし、苦楽あってこその国際交流ではないだろうか。

ロシア人メンバーと密接な関係を築くことができたばかりではなく、日本人メンバー同士の結束も感じることができた場面が非常に多く、本当に色々な意味で濃い夏だった。ますますロシアに惹かれていってしまう。

最近はモスクワでのテロ、北オセチア共和国での学校占拠事件など、目を閉じて耳を塞ぎたくなるような事件がロシアで続発している。日本人の、ロシアやロシア人に対するイメージはますます悪くなっていってしまうかもしれない。しかし、そのような苦しい状況の中でこそ、当会のような小規模な学生団体であれ交流を続けるということが非常に重要であると思えてならない。

空港で彼女らに別れを言う時、実は (自他ともに) 大号泣を予想していたのだが、不思議と涙は出なかった。「これで終わりではない、まだまだ日ロの交流は続いていく、次までに少し時間がかかるだけだ・・」などとそんな考えすら頭の中にあった。

今回の企画を通して、今後への新たな目標もできた。彼女たちとの思い出はこの先も私を動かし続ける原動力となるだろう。首を洗ってから長くして、ロシア人メンバーとの再会を待ち望んでいる。