オンライン報告書 - 2003 年訪ロ企画 - ロシアメンバーより

オリガ・タヴァチニコヴァ

日本人のメンバーを私たちの家に迎えることができて本当にうれしかったです。ロシアには、「ある人を知ろうとしたら、彼と一緒に 16kg の塩を舐めなければならない」ということわざがあります。もちろん私たちは塩を舐めたわけではありませんが、私たちはホストブラザーとホストシスターになったのです。

私のホストシスターは K. M. です。彼女は私が日本人を想像していたように、とても上品で礼儀正しいです。私のホストブラザーは S. M. です。彼はとても面白く、よく笑い、いつも私を手伝おうとします。私は彼らが 2 人とも大好きでした。彼らのためにホームステイが良いものになるようにしました。気に入ってくれたら嬉しいです。

本当に彼らと別れたくありません。ですから、私たちの関係がずっと続くように願っています。

マリーナ・ステパニャン

このホームステイは、私の人生で初めてであり、私はホームステイのすべてを気に入りました。両親もこの 10 日間のあいだ、子ども 1 人とではなく、2 人の子どもと過ごせて、とても幸せでした。私は日本語をしゃべることができませんから、すべての生徒が、どれくらいしゃべることができたかについて大変興味がありました。しかし K は、とても賢い子なので、英語を使いたがらず、ロシア語だけを話そうとしていました。おそらく、それは彼にとって難しいことだったと思いますが、彼は十分な言葉の練習を積むことができたと思います。ホームステイが終了して、わたしは、日本語に興味を持ち始めました。

ある日私は、より真剣な気持ちになりました。というのも、最初の 5 日間、わたしは彼の妹のような気がしました。そして後の 5 日間は母であるかのような気がしました。彼の世話をすることは、とても面白かったです。

ふたつの人生を同時に生きなければなりません。わたしは、人生で初めてであるかのように、両親のことを振り返ってみました。なぜなら彼らは、この 10 日間とても幸せだったからです。私は、このことについて興味をもちました。そしてときどき私自身を忘れてしまいました。両親は K にとても興味を持ちました。そしてわたしは、K と K に興味をもつ両親に興味を持ちました。彼を好きになったのは私の家族だけではありません。メンバーの女の子全員が、家にすてきな男の子がいて、マリーナは幸せねと言いました。もちろん、私はとても幸せでした。

しかし空港の後で、家に帰り、ホームステイが終わったということを理解することがとても難しかったです。というのも、この数日間で、彼は私の家族の一員になったからです。

彼が来る前に、私が思っていたことは、日本人はすべて私たちと違うということです。しかし今、日本人は私たちと同じであるということを確信しています。いかにして他の人に興味を持ってもらうか、いかにして他の人に興味を持つか、世界の何に興味をもっているかを見つけなければなりません。

親切にしてくれた K に感謝します。私は彼のことを忘れません。彼もわたしのことを忘れないと願っています。