オンライン報告書 - 2003 年訪ロ企画 - ディスカッション
テーマ「教育」
今回ディスカッションのテーマの一つに教育を選んだ理由はロシア人学生の語学力の高さにあった。前年度の訪日に参加したロシアメンバーの日本語は皆レベルが高く、日本人メンバーはそのことに強く印象を受けていた。これは両国の教育の違いからくるものなのか。そんな素朴な疑問から両国間の教育について議論しようという動きになった。
まず大きく二つに分けて話し合いをした。「大学前」と「大学後」である。これは私たちが教育を受ける際に大学を大きな分かれ目と考えたからである。前者では人格形成に影響の強い 12 歳ころまでの生活の違いについて、そしてまた両国にとって教育改革の最中であることを受け、現在のお互いの教育の問題点、そしてこれからどういう教育を目指せばいいのか率直に意見を出し合った。後者では私たちにとても身近な話題である大学での生活・授業・就職について話し合いをした。
- 大学前
- 人格形成: それぞれの性格は生まれつきか環境で決まるのかという問いに対して大部分は生まれつきと環境は半分半分だと答えていた。遺伝という先天的なものが人格に影響しているのは大きいだろうが、血の繋がらない教師もまた影響を与える一人である。
- 教育改革: 多少専門知識を必要とするような内容だったかもしれないが、それぞれの国で問題になっていることを説明しお互いに解決策を出し合った。ゆとり教育の真の「ゆとり」とは何か。土台があってはじめての応用力であると考える。ロシアでも学校でかなり暗記をさせられるのだと言う。そして日本と違うところはその基礎をもとに考える授業があるところだ。変えるべきは教育内容ではなく教育の方法にある。
- 大学後
- お互いに身近であり、興味の大きい話題であったと思う。授業内容の違いではロシアでは専門性が重要視されるというのに対し、日本では一般教養も学ぶ仕組みになっていることだ。外国語教育については日本では筆記重視な傾向に対して、ロシアでは会話重視な違いがみられた。この差が語学力の差に繋がるのだろうか。就職に対しては日本の大学には専門性が低いためロシア人学生より具体的なビジョンがないように思われた。
ディスカッションというのは実際に生の声でお互いのことを知れるという点でとてもいいものだと思う。お互いに持っていたステレオタイプがうまい具合に取り除かれた場であったのではなかったろうか。そしてまた有意義な意見交換ができた場でもあった。準備が万端とはいえない状態ではあったが、ディスカッションを振り返ってみてまずまずの出来だったと思う。
とはいえ、日本でさえしっかりとしたディスカッションをしたことのない私にとって、教育のディスカッションの司会をすることは初めかなりの不安があった。進め方から言語の問題まで不安要素が山積みだった。でも始まってみるとそんなことを気にかけている暇はなかった。もちろん順調に進んでいたとは思えないけれど、それなりにそのときやるべきことは一生懸命やれたのではないだろうか。
今回ディスカッションを通して得られた知識というものは私にとってとても大きいものだった。ロシアの授業ではこのようなディスカッションが授業の一環なのだという。日本では (少なくとも私が受けてきた教育では) あまり行われていない授業であると思う。ロシアでは、読書をしてそれについて考えたことをみんなで討論するという場が小さいときからあるのだ。自分で考えることをしないといわれてきた日本の教育においてこのロシアのシステムから学ぶことは大いにあるのではないかと考える。他国の教育の利点から日本の教育問題の解決策を見つけることができるのではないかと思った。