オンライン報告書 - 2002 年訪日企画 - ホームステイ

H. K. 家

ホームステイをした学生: アーニャ・クリロヴァ
受け入れた学生: H. K.

ホームステイをして

ホームステイのすべての時間を、私は、H. K. の素晴らしい家族と過ごしました。この素晴らしく、そして友好的な家族は、まるで私を家族の一員のように受け入れてくれ、そして気遣ってくれました。愛情に溢れ、理解しあえる雰囲気のなかで、私は自分の家に居るような気持ちで過ごすことができました。

H のお母さん、K さんは、明るく、優しく、そして、料理がとても上手でした。食卓では、私は、ほとんどすべての伝統的な日本の料理を口にさせていただき、そして、そのどれもがとても気に入りました。

また、H には 3 人の小さくてかわいらしい甥がいました。私たちは友達になり、一緒に遊んだり、楽器を演奏したりしました。私がこの家で迎えたお祝いの日(誕生日)をとっても、私はこのように素晴らしい人たちのもとで時間を過ごすことができ、本当に運が良かったと思います。

私の誕生日が来た時には、私はこの良き家族全員からプレゼントとお祝いの言葉をいただき、祝っていただきました。私は、東京と埼玉の近郊で H たちと過ごした今回の旅の日々を、これからもずっと忘れることはありません。

とても素晴らしい日々であり、私は金子家の方々に心から感謝しています。友人たちとの別れの日がきてしまい、そしてもう、愛しい日本と離れねばなりません。その日を重く感じていましたが、遂に、とうとうやってきてしまったのです。ロシアでは、愛する家族や友人たちが私を待っており、勉強も、仕事も、そして毎日のせわしなさもあります・・・ けれど、ああ、どうして、こんなにも帰りたくないのでしょうか!

決して長くはないこの 2 週間でしたが、まるで半年が過ぎたかのように数多くの出来事がありました。そして、様々な瞬間の思い出が、私の心をよぎります。ホームステイは終了してしまいましたが、これからも私たちは電話や手紙を通じて連絡をとりあい、友人として付き合っていきたいです。そして、ロシアでの夏のプログラムを提供できるよう、私たちは、来年の夏を心待ちにしています。

ホームステイを受け入れて

浅草寺

18 日間、自分との戦いだった。第二次 K 家世界大戦とでも言うべきか? (では、第一次はいつ? と聞かないでね。) ステイ前から姪っ子たちにはロシア語(挨拶程度だが・・・)を叩き込み、K 家は大清掃、大混乱の日々・・・。そして、心もおぼつかぬままステイに突入。一体、どんな戦いが待っているのだろうか? 見当もつかないが、ついにその日をむかえたのだった。そして、8 月 9 日、一人の女戦士、アーニャ・クリロヴァがやってきた。

彼女は、日本語、礼儀、人間性などあらゆる面において金子家の誰よりもまさっていた。食べ物も好き嫌いなく何でも食してくれたし、すぐに家族とも打ち解けてくれたのは何よりだった。言い方は悪いが、彼女は俺にとって勇敢な戦友であった。普段家族全員が集まることのない我が家にとって、アーニャの存在がバラバラであった一家を救ってくれたのも事実であった。

しかし、困ってしまうこともいくつかあった。うちの母の話し好きがたたり、翌朝早起きにもかかわらず、一晩中、会話に明け暮れることも度々あった。このステイ期間中、一人の人間を預かるという責任感、重圧感は計り知れないものがあった。それでも、自分なりに楽しむことができたし、彼女も楽しんでくれたはずである。(よね?)

しかし、二週間以上、朝から晩までいると、衝突するときも少なからずあったが、その辺はさすが大人であるアーニャのほうが一枚も二枚も上手であった。彼女にはユーラシア大陸のような、寛大な心があった。(俺も見習わらなければ・・・) いくら親日とはいえ、言葉も文化も習慣も異なる地で数週間過ごすのは並々ならぬ神経を使ったであろう。それでも嫌な顔ひとつせず、過ごしてくれた彼女には脱帽であった。

それにしても、彼女の祖国への土産の多いこと多いこと。おそらく、ロシア人 No.1 のお土産量であったであろう。しかし、それもこれも金子家の'愛情'と思っていただきたい。何の変哲もない我が家に新鮮かつ爽やかな風を吹き込んでくれた彼女に、心から'ありがとう'と感謝したい。

家族より

ただでさえ想像がつかないホームステイで、英語圏の方ならまだしも、ロシア人が来ることになるとは、それこそどんな困難が待ちうけているのだろうと思いましたが、実際、アーニャに会ってみると、そんな不安は一掃されてしまいました。彼女の明朗さと、ハキハキとした上手な日本語には、ただただ驚かされるばかりでした。特に、うちで出したごく普通の日本食に、嫌な顔ひとつせず、口に運んでくれたのは何よりでした。

そして、うちには夏休みで暇をもてあましている小学生の子どもたちがいたのですが、アーニャが来日する以前から、ロシア語の挨拶を紙に書いて貼り出していたりと、一家でロシア色に染まっていきました。アーニャにとっては子どもたちに追いまわされた日々だったでしょうが、子どもたちには、かけがえのない夏休みになったに違いありません。ありがとうございました。

それでは、アーニャの未来がより素晴らしいものになることを心より願っています。(母)