オンライン報告書 - 2001 年 訪ロ企画 - 交流企画

ホームステイ

この企画の根幹をなすのがホームステイです。国際交流におけるホームステイの地位といいますか、その意義というのはいまさら説明するまでもなく、最も多くのことを得られるものです。本会もこのホームステイを通じて多くのロシアの学生やその家族と深い関係を築いてきました。今回初めての訪問となるリャザンでも、ホームステイを快く引き受けていただき、ノボシビルスクと同様に企画を設定することができました。

ディスカッション

今年は例年と違ったスタイルで行いました。今までは各人がそれぞれの興味関心にしたがって、いくつかのグループに分かれ、そのグループ内で討論を行うというものでした。同じ興味関心を持った者同士が深い議論を交わすことができる反面、他の班のテーマやメンバーとほとんど交流する機会がありませんでした。それを解消すべく、今年は日本ロシア両方をそれぞれ 3 つ班に分け、それを 1 日 1 日フォークダンスのように代えていくというスタイルにしました。よって全てのメンバーと討論する機会ができました。今までのスタイルと今回のスタイルは、それぞれ長所短所があります。今後はその時のテーマやメンバーの語学力によって、最も適したスタイルを選択していくことでしょう。

歴史調査

リャザンはとても長い歴史を持った都市です。よって歴史的な土地・建物・有名人の生家又は博物館などがたくさんあります。そこを実際に訪れ、時には実際にモスクワからの考古学の調査隊と交じったりもしました。ノボシビルスクは「シベリアの頭脳」と言われているところで、自然科学系を中心とした博物館があります。またアルタイ地方に近く、その考古学研究も盛んです。そういったところを中心に見学しました。

都市散策

一口にロシアと言っても、広い国土に点在する都市はその顔色がそれぞれ違います。今回訪れたモスクワ・リャザン・ノボシビルスクは全く異なった顔を持った都市でした。レーニン広場を中心とした街の中心へ行ったり、有名なところへ行ったりしました。また、それぞれの都市でホームステイをしながら交通機関を利用したり、広場にある市場等で実際に買い物をすることでいろいろなことを見聞きすることができました。

交流企画

ウェルカムパーティーやフェアウェルパーティーを始め、その他お互いの国の伝統的な踊や儀式 (?) をともにやってみたり、地平線を眺めながらピクニック、真夏のロシアの炎天下でバーベキューなどを行い、親睦を深めたりもしました。

リャザンについて

モスクワからおよそ 196 キロ南西に位置する都市です。車でモスクワからは、だいたい 2 ~ 3 時間、列車も頻繁に出ています。人口はおおよそ 530,000 人。詩人セルゲイ・エセーニンの生まれたところとして有名ですが、ここは昔からアキ川とトゥルベジュ川の交流地点として、運河を中心に商業都市としても栄えていた場所のようです。歴史的遺産も多く、考古学的価値の高いものも数多く発掘されているリャザンですが、リャザンという場所がかかれている最も古い文献は、1095 年のものが最初だそうです。

1237 年リャザンはタタールの侵攻を受け、現在は「古いリャザン」と呼ばれている場所から動くことになります。その後、現在のリャザンの場所に 1301 年から発展をはじめますが、それは商業・貿易の中心としての発展でした。14 - 15 世紀には街は職人技術の発展でより一層賑わうようになります。リャザンという地名の語源は何か。現在、主流としては 2 説あるそうです。ひとつは、ロシア語の「リャサ」・・・湿地、という意味です。もう 1 つは、モルドヴァ共和国のフィン属の言葉「エルジャ」・・・どっちが本当なのでしょうか。

ノボシビルスクについて

ノボシビルスクはウラル山脈の東方に広がる西シベリア低地の南東、ロシアの地理的な中心に位置しています。1893 年に開始されたシベリア鉄道のオビ川鉄橋工事からその歴史は始まり、1971 年の革命以降は近代的な工業都市へと発展し、現在は人口約 130 万人のシベリア最大の都市となっています。

シベリア鉄道から中央アジアへと向かうトルクシプ鉄道により、街には中央アジア系の人も多く、また豊富に野菜や果物もあります。地下鉄・路面電車・トローリーバス・バス・相乗りタクシーなど、市内移動の交通は便利です。ヨーロッパロシアに比べ地理的に日本に近いせいか、トヨタ車を中心に日本車が数多く走っていました (中には"○○株式会社"というような車もありました)。