日本ロシア学生交流会 - ブログ

トレチャコフ美術館展~忘れえぬロシア~を観て

こんにちは!日本ロシア学生交流会のАзусаです!
今日から日ロのブログを始めます!!

このブログは会員が毎回交替で記事を書き、日ロの日々の活動の記録や、普段わたしたちが触れたロシアの本や映画などについて紹介します。
学生目線で見た「ロシア」の姿がどういうものなのかが伝わるような、良いブログにしたいと思います!


さて先日、私たちは渋谷bunkamuraのトレチャコフ美術館展~忘れえぬロシア~を観てきました。
この展覧会は19世紀後半~20世紀初頭のロシア美術を集めたものです。
(今回の勉強会は私が担当させていただきました)

19世紀後半、ナロードニキという知識人のグループの民衆を啓蒙する活動が盛り上がった時代、美術の世界でもその目は「民衆」へと向きました。

今回、多くの作品が来日している「移動展覧会協会」を結成して、美術を特権階級から民衆のものにもしようと試みたのが、今回の「忘れえぬ女性」を描いたイワン・クラムスコイらです。そしてこの協会員の作品を多くコレクションしたのが当時のモスクワの大商人パーヴェル・トレチャコフであり、それらが現在のトレチャコフ美術館のコレクションの基となりました。

この時代、ヨーロッパでは印象派が主流だったものの、ロシアではリアリズムが主流でした。画家たちは優しいまなざしで民衆を描き、社会の現実に目をあてることで社会を批判しようとしたのです。

時代が進むと印象主義・象徴主義の画家が活躍するようになり、中心的人物たちの求心力も低下してしまうのですが、この時代のロシア美術はロシア美術最高の時代に近いものだったでしょう。


間違いなく面白い展覧会です!
さらに、美術的な面から見ただけでなく、ロシアを学ぶ人間にとっても非常に有意義な展覧会といえるでしょう。

移動展覧会協会の社会批判の思想は、もちろん美術の世界だけにとどまるものではありません。彼らが活躍した1870年代の直後、20世紀初頭にはロシア革命が起こります。この展覧会では、当時のロシアの知識人たちがどういうまなざしをもって民衆を見ていたのか、どのように・どれほどロシアを想っていたのかがよく分かります。(当時ヨーロッパはナショナリズムの時代でした)
時代の精神を肌で感じられます。

移動展覧会協会は美術のグループでしたが、彼らの作風に統一感はなく、ただ「ロシアにはロシアの絵が必要である」という目標があったとされています。
同時に彼らの美術を多くコレクションしたパーヴェル・トレチャコフも、作品を集める基準は「自分や誰かの好みではなくロシア美術全体の発展につながるもの」だったのです。つまり、この展覧会は「ロシアの作家の絵」であるだけでなく「ロシアの絵の中でも特にロシア的な絵」を集めたといえます。

※事前に定例会で行ったこの勉強会のレジュメに興味を持った方はこちらまでどうぞ

今回は、4月に新しく入った一年生がたくさん一緒に来てくれました。まだ大学にも日ロにも入ったばかりなのにも関わらず意欲が感じられます!一緒には来なかったメンバーも、個人的に見に行った人が多いようです。「良かった」「面白かった」という声をたくさん聞きました。

会場は展覧会終了一週間前ということもあり混雑。けれど絵を見るお客さんとメンバーの目は真剣そのものです。人ごみの中でも絵の良さとメンバーの意欲は色褪せません!

今回の目玉とも言えるクラムスコイの「忘れえぬ女性」はやはり注目度が高かったです。私は日ロで行く前に一度来ていたので、今日は会場へ入ってから、まずこの忘れられない女性に会いに行きました。
私は女ですけど、彼女に危うく恋をしてしまいそうになりました。あの見下げる感じがなんとも言えません。好き...!!
ただ、「いい」という意見が多いのですが、中には「あの見下げる感じが嫌だ」という人ももちろんいました。...分からなくはないです。心臓が締め付けられますよね。良い意味でも悪い意味でも...。でも、好きでも嫌いであっても注目される作品がいい作品なのでしょうね、きっと。
(ちなみにトレチャコフが大事にしていたのは「ロシア的なもの」なので、美術界からは良い評価をもらえなかった作品も集めたようです)

私の個人的なお気に入りの作品のひとつは「髪をほどいた少女」です。(女の人ばっかりだな...)憂いのある表情と柔らかそうな髪の毛が印象的です。
この絵の原題は「дебушка」。ロシア語に詳しい友人に教えてもらったところ、この「дебушка」は翻訳するのがとても難しい言葉で、本来「少女」という訳ではあまり良くないのだそうです。そう言われてみるとこの少女、たしかに「少女」よりも少し年齢が高そうです。「дебушка」の言葉の意味がよく分かります。ちょうど、悩み多き年頃ですね!


この他にも素敵な作品がたくさんありましたが、全てを語っていたら終わらないのでそろそろまとめに入りましょう。

やはりトレチャコフが「ロシア的なもの」を意識して集めただけあります。作品はどれもが私たちの考える「ロシア的なもの」ばかりでした。
きれいな女の人、おなかが出ていて鼻が赤くてひげを生やしているおじいさん、白樺、ロシアの大きい空、そして大地。
(作品の説明の文章の中に、ロシアの空の色のことを「不安定な透明度」と表現したものがありました。なんてしっくりくる言葉だろうと思いました)

私の一回目の展覧会を見終えての感想は、「面白かった!」でした。
また来たい、と思うほどに大満足。それはきっとこの展覧会が私の大好きな「ロシア」でいっぱいに埋め尽くされていたからでしょう。

「ロシア的なもの」を絵画で感じることができたということは、私たちにとってとても有意義なことだと思います。

このような詩があります。

Умом Россию не понять,
Аршином общим не измерить:
У ней особенная стать -
В Россию можно только верить.

知にてロシアは解し得ず
並みの尺では測り得ぬ
そはおのれの丈を持てばなり
ロシアはひたぶるに信ずるのみ

チュッチュフ(1803-73)
『ロシア (読んで旅する世界の歴史と文化)』、新潮社、原卓也監修、(1994)より

「知」だけではロシアは理解できない。
もちろん私たちはロシアを学問としても学んでいるわけなのですが、「知識」だけではロシアのことは分からないのですね。今回の展覧会では「知」だけでは得ることのできないロシアのことを学べたと思います。

ただ、既にロシアに行ったことのある先輩は「同じのをモスクワで見たはずなんだけどあんまりそんな感じがしない」のようなことを仰っていました。
やはりロシアのことを知るには行くのが一番なのでしょうか。まぁ、もちろんそうでしょうね。笑

でも、もちろん絵や音楽や文学に触れることも良いことだと思います。
きっとどちらにどういう意味があるかとかは...訪ロしたら答えが出るのかも。なんちゃって。

とにかく今回はたくさん収穫のあったイベントでした!!

この展覧会、残念ながら既に東京では終わってしまっていますが、もし機会があれば岩手・広島・郡山の方はぜひご覧になってみて下さい。本当にお勧めです!